【プロローグ】最大で最低の嘘

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【プロローグ】最大で最低の嘘

☆プロローグ  一年半前のとある冬の日。雪がしんしんと降る夜だった。 「もし……もし、きみが良いって言うなら、ぼくと、エ……エッチなこと、しない? ぼく、叶わない恋をしていて……その、寂しいんだ。だから……ぼくたち、慰め合わない? 身体で……」  桃野圭{ももの・けい}は、勇気を振り絞ってそう言った。  つやつやとしたカカオ色の髪と、同色の飴玉のようにまん丸な瞳。桃野はその零れそうな目で、相手の若い男を見詰めた。必死なせいか、自然と眼が潤んでくる。  ここは桃野がひとりで暮らすアパートの玄関だ。さっさと出て行こうとする年下の男を、桃野は引き留めている。頬は淡いピンク色に染まり、小さな唇をきゅっと引き結んでいた。 (ぼくの人生で最大で、最低の嘘……)  ――本心を偽{いつわ}ってまで、彼を繋ぎ止めたいなんて、滑稽{こっけい}だ。でも、どうしても……帰らせるわけにはいかない。  ――どうしても、彼と繋がっていたい。もう、ただ一方的に見ているだけなのは、嫌なんだ……。  ぐっと息を詰めて、男の反応を待っていると、彼――冴木友一{さえき・ゆういち}は、ゆっくりを瞬{まばた}きをしてから、深く呼吸した。 「あんた、それ本気で言っているんですか?」  冴木は迷惑そうに答えた。酒に焼けているせいか、やや擦{かす}れていて、色っぽい。   当時二十四歳の桃野より、彼はいくつか年下だ。  外に跳ねたツンツンとした漆黒の髪に、整った顔。切れ長の闇色の瞳が、真意を探るように、じっと桃野に向けられていた。 「ほ、本気に決まっているよ。冗談で、見ず知らずの相手を誘うわけない」  声が震えないように気をつけながら、桃野は言った。見ず知らず、というのも嘘である。桃野は、冴木がアルバイトしている定食カフェに、週一で通っているのだ。 「そうですけど……」  冴木は言葉を濁{にご}す。 「別に、嫌ならいいよ。他を当たるから」 「嫌とは言ってません」  そこで一度口をつぐんでから、冴木は続ける。 「叶わない恋をしている、って……片想いの相手は既婚者か何かですか」 「えっ……。う、うん。まあそうかな」  とっさに話を合わせた。実際に桃野が恋をしているのは、冴木本人である。 「じゃあ、絶対に叶わないんですね……」 「そう。だから、寂しいんだ」 「寂しいんですか……。俺と同じですね」  桃野は目をしばたいた。 「きみも、叶わない恋をしているの?」
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