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【第一章】二人の出逢い
二人が身体の関係を持つようになってから、一年半が経った。季節は梅雨である。鉛色の空から、しとしとと雫が振ってくる。
「……っ、ん、ふ……っ、あ」
後背位で浅く突かれながら、桃野は喘いでいた。
(イく、もうイく……)
「桃野さん。なかが痙攣{けいれん}してますよ。我慢せずさっさと出したらどうですか?」
生意気な口をきくのは、片想いの相手兼セフレの冴木である。桃野の蜜壺を乱暴にかき回しながら、もっとも気持ちの良いポイントを絶妙な力加減でこすられて、「あぁー……っ」とあっけなく達してしまった。
「……っ。俺も出そう。本当に貴方、上手いですね……」
腹の奥に熱いものを感じる。冴木が射精したのだろう。腰をがっしりと掴まれ、揺すられながら、桃野は思った。
(上手い、か……)
――きみのせいで、ぼくは上手くなってしまったんだよ。分かってる……?
訊{き}けない問いを飲み込んで、桃野はぐったりと倒れ込んだ。二人分の荒い息が響いている。
先に回復したのは冴木の方だった。彼は桃野の狭いベッドを抜け出した。
「桃野さん。シャワー借ります」
裸のまま冴木は答える。引き締まった尻が露わになり、桃野はつい恥ずかしくなって目を逸らした。
「あ、うん。どうぞ。……あの、いいよ。シャワーぐらい、いちいち断らなくても」
うつ伏せで寝そべったまま、桃野は言った。白い肩がむき出しになり、うなじは汗ばんでいた。冴木の長時間の甘い責め苦を受けたため、その表情は気だるげである。
「そういうわけにはいきません。けじめですから」
冴木はそういうと、さっさと風呂場へ行ってしまった。
(けじめ、ねえ……)
――連れないなあ。
寂しさに、桃野はぎゅっと枕を抱きしめる。
(冴木くんに恋をして、もう三年近く経つんだなあ……)
桃野はひっそり溜息をついた。今年で桃野は二十六、冴木は二十二になる。
冴木との最初の出逢いは、三年前。桃野が二十三歳の時だった。
休日、ふらりと立ち寄った食堂カフェで、アルバイトとして働く、冴木に一目惚れしてしまったのだ。
当時大学一年生だった彼は、まだ初々しかった。アルバイトに入って間もないのか、厨房で働いていた冴木は、今よりもっとおたおたしていた。
そんな冴木がうっかりミスをしたのが、二人の出逢いのきっかけだった。
食堂カフェは、白と茶色を基調としたナチュラルな室内で、テーブル席が四つ、カウンター席が三つの、こぢんまりとした店だった。ランチには一汁三菜のご飯を、それ以外の時間はカフェメニューを提供している。定食屋という渋い響きとはかけ離れた、お洒落な雰囲気で、女性が好みそうな店である。
その日、桃野はからあげ定食を頼んだ。しかし、そのからあげの下に敷いてある千切りキャベツが、上手く切れておらず、ほとんど繋がったままだったのだ。
あららー、と思った桃野だが、しかしそれ以上特に気にせず、むしゃむしゃと食べてしまった。
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