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ワンチャン
自室に戻り、ベッドに彼を寝かせた。それから水を飲ませたり、トイレに連れて行ったりと、介抱していると、一時間くらいして、冴木は回復してきた。ここはどこかと訝{いぶか}りながらも、迷惑をかけたお礼をきちんと言って、さっさと帰ろうとする。彼は桃野のことを覚えていないようだった。
……このままじゃ、また見てるだけの関係に戻ってしまう……。
そう焦った桃野は、人生で最大の賭に出た。彼のなげやりな様子から、どうやら愛する恋人と性行為をしてきたようには思えない。
どこで飲んでいたのか、と桃野が聞くと、彼はとあるクラブの名前を教えてくれた。そこはドラッグの噂や、乱交パーティが開かれるなど、悪い遊び場として有名だ。桃野も学生時代、そんな話を聞いた覚えがある。
……もしかして、不特定多数とエッチしてるのかな。ということは、ぼくから誘えば、運が良ければ……ワンチャン乗ってくれるかも。
セックスに慣れた風を装って、誘惑すれば、一回だけでも抱いてもらえるかもしれない。
桃野はそう考えた。
情が無くてもいい、思い出が欲しい。このまま彼を帰したくない……せっかく出来た繋がりをここで切りたくない。
その一身だった。
桃野は、「自分も叶わない恋をしている、身体だけでも慰め合わないか」と、嘘をついた。罪悪感が胸を刺したが、必死だった。
初めは驚き、面倒くさそうだったが、しかし結局冴木は誘いに乗った。誰でもいい、と確かに彼はそう告げた。冴木には可愛がっていた弟分を男にとられた、という喪失感があり、傷ついているようだった。
桃野はそこにつけ込んだ。二人は「キスはしない、愛の言葉もなし」というルールを作り、セックスフレンドとなる。
そのまま桃野は、自分のベッドで冴木に抱かれた。前戯はほとんど無い。処女だったので、後ろから貫かれた時、正直痛かった。何度ももう無理だと思った。それでも冴木が腰を打ち付けると、嬉しかった。最中は必死で、それ以外のことは、よく覚えていない。
彼は射精すると、桃野の尻に性器を突っ込んだまま、寝落ちしてしまった。桃野は痛みを堪えて、後処理をし、そのまま冴木にベッドを譲り、自分はリビングに客用の布団を敷いて寝た。
翌朝。桃野より遅く目覚めた冴木は、ベッドの上で目を丸くして驚いていた。冴木は昨晩のことを全て覚えていた。
桃野はそれを見て、
……ぼくとヤっちゃったことを後悔しているんだ……
と思った。
――すいません、俺……。
――あっ、いいよ。気にしなくて、ぼくが誘ったんだ。だから、きみは悪くない。悪いのはぼくだから。
――いや、そうではなく……。
桃野はそれ以上何か言われるのが怖くて、早口で続ける。
――あっ、あの……ぼく、慣れてるから! エッチなんて誰としても同じっていうか、ただの運動っていうか……。うん、そう。気持ちよくて汗掻いてサイコーくらいにしか思ってないから。
――……ふうん。ずいぶん擦{す}れてるんですね。外見は真面目そうなのに。
すうっと冴木が黒い目を細める。桃野はそれにひやりとした。
――えっ……ごめん。ぼく……。
言葉が続かない、もう嫌われてしまったのだろうか。これでは二回目など、無いかもしれない。
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