朱に染まる禁断の華〜悪役令嬢である私が、冷酷な王子様に断罪されなかった理由〜

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 ごめんなさい、お兄様。私はもう、お姉様のフリを続けるのは限界なの。  今私が言った通り、私の名前はシエラじゃない。エミリーだ。  そしてお兄様が断罪したことで取り潰しになった公爵家における、唯一の生き残りでもある。  哀れに思ったお兄様が引き取り、偽りの妹とした。それが私とお兄様の本当の関係――。 「違う!! シエラは私の……」 「貴方の婚約者だったシエラお姉様は、この世にはもういません!! アルフィ様が私の家を断罪なさった次の日に……お姉様は(みずか)ら命を絶ってしまったのですから……」 「でたらめを言うなっ!! そんな話、全部嘘だっ……!!」  眼に涙を浮かべながら、アルフィ様は私の肩を(つか)んで(すが)るように訴える。  その姿はまるで、シエラお姉様の亡霊に許しを()うているようにも見えた。  だけど何をしたところで、お姉様は帰って来ない。  お姉様はアルフィ様を恨んではいなかったけれど、アルフィ様は罪の意識に(とら)われてしまった。  それからずっと、アルフィ様は罪から逃げるようにして断罪を繰り返すように……。  誰も信用せず、愛する人も作らず。  ただ私にお姉様を重ねて、贖罪(しょくざい)を重ねる日々。 「(だけどそれじゃ、いつまで経ってもアルフィ様は幸せにはなれない……)」  もしかしたら彼は誰かに、自分の罪を裁かれることを願っていたのかもしれない。  正義感で成り立っていた彼はなにより、自身の罪を許せなかったのだから。  だからこそ、私は彼を罪の鎖から解放して差し上げたかった……。 「アルフィ様、やはり私は貴方様を……アルフィ様?」  私にしがみ付いていた彼の様子がおかしい。  急にガタガタと震え出し、こちらを見ていた目の焦点が合わなくなってしまった。 「な、んだ……身体がうごか……」 「まさか、誰かが命を狙って毒を!? ――誰か!! 誰か来てちょうだい!!」  アルフィ様は覚束(おぼつか)ない足で、フラフラと執務室の中を歩き始めた。  バランスを取ろうと執務机に手を突いたものの、力が入らずそのまま床に崩れ落ちてしまう。  私の声が届いたのか、倒れた瞬間とほぼ同時に部屋の外に控えていた衛兵がなだれ込んできた。 「――どうされたのですか、アルフィ様!! こ、これはいったい!?」 「はやく医者を呼んで!! 毒を盛られたかもしれないの!!」  私は執務室の上にあった、空のグラスを指差す。  直前まで口にしていたのはアレだ。可能性があるとしたら、あのブランデーが怪しい。 「それと、使用人を含めて全員を拘束して!」 「え? それはどうして……」 「犯人が王城内に居る可能性があるの! おねがい!!」  誰かが毒を仕込んだとすれば、内部の人間が怪しい。  証拠を隠滅される前に保護しなければ――。  私が言ったことをすぐに理解してくれた衛兵たちは、矢のように部屋から飛び出していった。  残された私は意識混濁になってしまったアルフィ様を抱き寄せる。 「アルフィ様、お気をたしかに! 私を置いて行っては駄目です!」 「え、エミリ……」 「私はここに居ます……絶対にお(そば)を離れませんから……アルフィ様――」  腕の中でうわ言を繰り返すアルフィ様。私は医者が現れるまで、彼を励まし続けていた。
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