朱に染まる禁断の華〜悪役令嬢である私が、冷酷な王子様に断罪されなかった理由〜

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「それで、今度は来月にまた会う予定だと」 「えぇ。ローガン様はとてもお優しい御方(おかた)でしたわ。一緒に居て安心できる、素敵な殿方です」  私が最大限の褒め言葉を口にすると、お兄様はハッと冷めた笑いを吐いた。 「ふん、どうだかな。男という生き物は誰しも、女の前でいい顔をしたがるからな……」 「……そう、でしょうか?」 「それで? 他にはどんな会話をしたんだ」  思わず喉から出そうになった「それはお兄様もですか?」という言葉を飲み込みながら、私は執務室で書類仕事に追われていたお兄様に、お見合いの報告を続けた。  基本的には文官たちが事前に書類の精査をしているはずなんだけれど、それでもお兄様の処理する分量は相当な数になっている。  もう夜更けだというのにお兄様は疲れた顔も見せず、それらを淡々と処理していた。 「(休んでくださいって言っても、まったく聞かないのよね。これから王となる御方が、身体を壊したらどうするのですか……)」  ローガン様についてのお話がつまらなかったのか、お兄様はすぐに興味を失くしてしまった。  もう用は済んだと判断した私は、執務机に向かったままのお兄様に退室の許可を得ようした。 「……お兄様?」  口を開きかけたところで、お兄様がおもむろに立ち上がった。  持っていたペンを机に置き、つかつかと私の前にやってくると――いきなり私を抱き寄せた。 「疲れた。少し、休ませてくれ」  熱の篭もった言葉だった。それを私の耳元で囁かれた。  お兄様の服からは、染みついたインクの匂いが(ほの)かに香っている。 「……はい。お好きなだけどうぞ」  あぁ、これは()()()()()お兄様が出てきたのね。  ――誰にも見せない、お兄様の本当の顔。 「どうか分かってくれ。本当は、シエラをどこにもやりたくないんだ……」 「ふふ。お兄様は私が大好きですものね」 「……当たり前だろう」  仮面を外したお兄様は顔をクシャリとさせた。  それは普段の彼からは想像もできないような、愛と嫉妬に(まみ)れた笑顔だった。 「(まったく、人前で甘える姿を見せたくないのは分かりますけれど。その分、感情を溜め込み過ぎなのよ。それを受け止める私の立場にもなって欲しいわ)」  お兄様は誰よりも、私を溺愛してくださっている。  もちろん、私だってお兄様を愛している。  だからこそ、他の誰でもない、()()お兄様を救済しなくてはならない。 「(この先、もし私がどこかの家の妻となってしまったら。お兄様は今度こそ、この広すぎる王城で独りぼっちになってしまうわ……)」  寂しがりのお兄様のことだ。私という味方がいなくなれば、断罪(グセ)はさらに過激になる。  そうなれば、貴族たちが抱く悪感情は比例して膨れ上がり……このままではいずれ、お兄様を玉座から引きずり降ろそうとする暴動(クーデター)が起きてしまう。 「(早急に、お兄様をどうにかしなきゃいけないわね。この国のためにも、なによりお兄様のためにも)」  最近では、怪しげな噂がすでに王城で流れ始めている。  何もかもが手遅れになる前に、お兄様の伴侶となる者を用意して矯正させないといけないわ。 「シエラ……私のシエラ……」 「お兄様……」  冷酷なお兄様の熱すぎる愛を全身で感じながら、私は改めて決意を固めるのであった。
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