1人が本棚に入れています
本棚に追加
出会い
僕と佳乃の出会いは一年前。彼女が事務員として働く会社に、コピー機の修理に訪れたのがきっかけだった。案内してくれたときの彼女の笑顔は今も忘れられない。いわゆる一目惚れというやつだった。あのときの彼女にとってはただの社交辞令だったろうけれど、その笑顔は僕にはとても眩しかったんだ。
何とか彼女と話をしたいと、コピー機を確認しながら使用状況や故障の様子を続けざまに尋ねた。すぐに聞くことがなくなると、世間話をして話をつなげた。
『今日はいい天気ですね。公園にでも出かけたくなるな』
『もうすぐ 冬ですね。クリスマスは恋人と過ごすんですか』。思い切って尋ねると、『恋人なんてそんな人、いませんよ』と笑いながら君が答えたことに僕がどれほど嬉しかったか、君は知らないだろう?
修理が終わってしまうと佳乃との繋がりも切れてしまうと心配したけれど、そんなことはなかった。その日の晩、仕事を終えてたまたま彼女の職場の近くを通ったとき、佳乃は僕の前に現れた。軽やかな足取りで駅に向かう彼女に、僕は『こんばんは』と声をかけた。一瞬驚いた顔をして、出会ったときの笑顔で『こんばんは』と返してくれた佳乃はやっぱりとても眩しくて、僕は会えた偶然を神に感謝する心地だった。
駅まで向かう佳乃のとなりを歩き、ふわりと漂う香りに胸を膨らませ、『お腹空きませんか』と話しかける。くすりと笑って『そうですね』と言う佳乃に勇気をもらい、『ひとりはむなしいので、良かったら食事に付き合ってくれませんか』と乞うように言ってみた。こんな風に言えば、優しい彼女はきっと断わったりはしないと少し狡い計算で。そしてやはり彼女は笑って『わたしで良ければ』と言ってくれた。あぁ、天にも昇る気持ちというのはこんなものなのだろう。嬉しくて嬉しくて、だけどこのチャンスを今回限りのものにはするまいと、僕は食事の間、精一杯佳乃を楽しませようと頑張った。まっすぐに目を見て話し、飽きさせないよう頭をフル回転させて色んな話題を持ち出した。合間にさり気なく佳乃自身のことを尋ねながら。
こうしてひとつ彼女のことを知るたびに、ふたつ佳乃を好きになっていった。彼女が僕を見るたびに、僕は佳乃に恋をしていった。
あぁ、佳乃。僕は君と会えて本当に嬉しかったんだ。
それなのに、どうして僕らは離れてしまったのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!