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――あの嵐の夜から五年が経った。
一五歳となったミーアは美しく成長した。
あれから必死になって教養と礼儀作法を身に着け、王妃に相応しい淑女へと生まれ変わった。
加えて、婚約者であるシルヴィニアスとの仲も良好だった。
二人は定期的に顔を合わせ、互いに交流を深めた。
終始無言でお茶を飲んだり、王城の庭園をただ散策したりという、とても大人しいものであったが……それでも二人の間には、何かが確実に芽生え始めていた。
そして冬のある晴れた日。
シルヴィニアス王子は純白の正装に身を包み、馬に乗って街道を駆けていた。
毛並みの良い白馬に跨り、美しく伸びた銀糸の髪は太陽の光でキラキラと流星のようになびいている。
一五歳という若さながら長身で程よく筋肉のついた、均整の取れた身体つきだ。
顔も五年で幼さもとれ、たまに見せる笑顔は女を蕩けさせる魅力を放っていた。
そんな表情をさせているのはもちろん、婚約者であるミーアだ。
彼は今、ミーアに会うためにキャッツレイ侯爵家に向かっていたのである。
「ふふっ。彼女も心待ちにしてくれているだろうか?」
この国では、新婦となる者を新郎が馬で迎えに行くという習慣がある。
それはたとえ王族でも例外ではない。
なんでも初代国王が妻となる神獣を迎えるために、彼女が住まう聖地に自ら赴いたのが起源なのだそうだ。
彼らのような幸せな夫婦になれますように、という願いが込めているらしい。
当然、シルヴィニアスもこの日の為に準備を進めてきた。
白馬であるヴァイスを相棒として育て、騎士団と共に身体を鍛え、プロポーズの言葉を徹夜で考えてきた。
二人きりの時はお互いにあまりそういった態度は見せないが……実際は見ての通りだ。
ただ、猫を被っていただけ。
本当はもっとお喋りがしたいし、手も繋ぎたいし、キスもその先のことだって……。
だが彼は紳士だった。
彼女に嫌われたくなかっただけ、とも言えるが。
「さて、着いたか」
白馬の王子様は姫が待っている屋敷を見上げた。
「僕の一世一代の見せ場となるか……ヴァイスはここで待っていてくれ」
一連の流れは何度もシミュレーションをやってきた。
あとは手筈通りに侯爵から彼女を奪い去り、ヴァイスの背中に乗せて無事に城へ帰るだけ。
最後にもう一度気合を入れ、シルヴィニアスは歩みを進めるのであった。
「綺麗だ……」
「……ありがとうございます、シルヴィニアス様」
シルヴィニアスの目の前には、赤色のドレスを身に纏ったミーアが立っていた。
指には彼女の母の形見だという綺麗な指輪も嵌まっている。
その嫁入り姿は、彼のしてきた準備を全て吹き飛ばすほどに美しかった。
あまりの感動で語彙が喪失している。挙句にその場で立ちつくしてしまうほどだ。
だがそんな飾らない反応が嬉しかったのだろう。
普段はあまり表情の変わらないミーアも口元を緩ませている。
「本当に綺麗だぞ、ミーア。昔の頃の母さんを見ているようだ」
「お父様まで……」
侯爵まで一緒になって娘を誉めそやす。
彼の妻である侯爵夫人はミーアを産んですぐに亡くなっている。
母の分も愛情を注いだだけあって、娘を嫁に出すのは複雑な気分なのかもしれない。
そんな父娘の様子を眺めていて、ようやく冷静を取り戻したシルヴィニアス。
当初の計画を思い出し、実行に移すことにした。
ミーアの面前に向かい、その場で片膝を突いた。
そして優しく手を取ると、瞳を真っ直ぐ見つめながら語りかける。
「愛しのミーアよ。これからは僕の愛する妻として共に生きて欲しい。一緒に来てくれるかい?」
「……はい」
コクンと頷くミーア。
シルヴィニアスはニッコリと微笑んで、その手にキスを落とす。
そして立ち上がると、「ありがとう」と言ってミーアを優しく抱き寄せた。
「それではキャッツレイ侯爵。本当にこの娘を我が妃として良いのだな?」
「はい、殿下……自慢の娘です。どうか良くしてやってください」
複雑な想いを心の中で留めながら、父として娘を笑顔で送り出す。
これでようやく肩の荷が下りた、そう思ったのだろう。だが――
「侯爵。その言葉に嘘は無いな?」
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