オーボエ刑事

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トゥーーーー……。 少し癖のある音が川の音と一緒に流れた。 割れないようにと安いプラスチック製を買ったことで響きづらくなっている。 この楽器の名前はオーボエ。 見た目クラリネット、音の高さフルート、オーボエ独特の音色。 と書き出してみると結構不思議な楽器だ。 サックスやクラリネットとは違い、リードはただの板ではなくダブルリードというそれだけで音がなるものだ。 例えるならピーピー豆のようなもの。 プラスチックでも多少は響くようにと意識しながらもう一度吹いた。 トゥーーーー……。 んまぁ、さっきよりはマシかな。 楽譜を開き、ソロの部分を重点的に練習をする。 オーボエのソロはフルートとの掛け合いが多く、きれいにハモったときはとても気持ちがいい。 そのまましばらく吹き続けた。吹くごとにさっきよりマシになっていっている。 「泥棒っ!!誰か止めてぇぇっ」 ヒステリックな声が水の音と一緒に響いた。 私はリードケースを盗まれないようポケットに滑らせると、オーボエを吹いた。 「う゛……なんだ…これ」 泥棒の声がした。私は更にソロを吹いた。 見ると泥棒は私の前にうずくまっていた。叫んでいた人は切らせた息のままこちらへ向かってくる。 「ねぇ、泥棒さん。ここで泥棒をしたのが間違いだったね?」 泥棒の前にしゃがむ。私はリードをもう一度口に咥えた。明らかに泥棒が怯えるのが分かった。 リードを口から離す。 「私の吹くオーボエには不思議な力があるんだって。相手を感動させる力。悪いことをした人がこの音を聞くと自分の情けなさに気づいて…今のあなたみたいになるんだ」 でもね、と私は続けた。 「私、今あなたを助けてあげようかなって思ってるの」 息がやっとまとまってきていた被害者は「っ!」と息を呑んだ。 泥棒は疲れ切った様子で私を見上げる。 「だって、あの被害者さんも私のオーボエに聞き入って自分の情けなさに気づいているはずだもの。つまり……あの被害者さんも悪いことをした人なんだよね」 私悪いことをしたのに、自分が被害者ぶってるやつが許せないんだ。 そんな言葉はゆっくりと飲み込んだ。 「今、ここであの被害者との繋がりを教えてくれたら……」 私は胸ポケットからある手帳を取り出した。それは犯罪者が最も嫌う手帳。 「罪を軽くしてあげるよ?」 泥棒は怯え疲れ切った様子で大きく頷いた。 私はオーボエを口に咥えて吹いた。泥棒はもうこの音に揺さぶられてなんかいない。 つまり、悪いことをした人じゃなくなったってことだ。 被害者、ここではもう犯罪者というべきかな。 犯罪者は頭を抱えるとその場に倒れ込んだ。 相手に罪がばれてるとより効果があるんだよね。 泥棒はゆっくりと口を開いた。 「僕は…あの人に金で買われて代わりに罪をかぶれって……」 私は手錠を泥棒と犯罪者にかけると「続きは署で」と満面の笑みで笑った。 私のあだ名は「オーボエ刑事」。 どうです?この話を読んでいるあなた、悪いことをしていませんか。 オーケストラや吹奏楽を見に行くときオーボエには気をつけてください。 会場で倒れないでくださいね。 それでは、縁があったらまた会いましょう。 完
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