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『いや、だからな、華。清瀬くんの住んでたアパート、昨日、隣の空き家の火事に巻き込まれて、全焼しちゃったんだよ』
事情の確認のため、渋々、父親からの電話に出ると、開口一番、そう告げられた。
『住むトコ探すにも時間かかるし、ウチ、馨の部屋が空いてるからさ。華には、事後報告で悪いとは思ったんだけど』
「……そういう事なら……とでも、言うと思った?」
あたしは、殊更低い声で、不機嫌を伝える。
「いくら事情があっても、お父さんもお母さんも、朝晩顔を合わせるのがやっとの状況なのに……」
そう言いながら、未だ、インターフォンの画面越しに大人しく”待て”をしている男を見やった。
『いや、だからだよ。清瀬くん、あんなカンジだけど、しっかりしてるし』
「あたしは、しっかりしてないって言いたいの?」
『そんな事は言ってないよ。華だって、ちゃんと社会人として働いてるし。でも、親としては、心配だからさ』
あたしは、大きくため息をつく。
もう、これ以上は平行線だ。
昔から、お父さんは、必要以上に心配性なんだから。
それに、隣近所の視線も、そろそろ気になってしまう。
家の前に居座っている若い男ってだけでも、充分、通報されてしまいそうだもの。
「……で、いつまでよ」
『未定ってコトで。まあ、アパートが決まるまでって話だから』
じゃあ、決まらなきゃ、ずっとってコトじゃない。
そう突っ込みたかったが、いよいよ、居心地が悪そうにしている男が視界に入り、あたしはため息とともに、うなづいた。
そして、玄関のドアをようやく開けると、目の前のキラキラした姿を見上げた。
――そう、キラキラしてるのだ。
画面越しには、気づかなかったが、その栗色の髪は太陽の光でキラキラしていて、あたしが、首を垂直に上げなきゃいけないくらいの背の高さを、気遣うように、かがめてくれる。
改めて、その顔を見上げれば、こちらが硬直するくらいの”イケメン”。
耐性が無いあたしは、思わず視線を下げる。
視界に入ったのは、大き目の黒いバッグ一つだけだった。
「……あ、あの……」
恐る恐る声をかけられ、あたしは、ビクリと我に返る。
「……ど、どうぞ……お入りください」
慌てて、でも、平常心を保とうと顔を引き締めながら、そう告げて彼を中に促す。
これくらい、仕事でもやっている。
――大丈夫、な、はず。
「――お、お邪魔します」
未だに違和感のある、この男は、中に入ると、キョロキョロと中を見回した。
「……何か」
「あ、いえ、あの、社長は……」
「父は友人と出かけてますが」
「じ、じゃあ、奥様は……」
「母は、店です。――着物の着付け講師なので、休日はたいてい出てますが」
「――そ、そう、ですか」
どうも、居心地悪そうにしているので、あたしもつられそうになるが、話を続けた。
「……両親が揃うのは、朝晩くらいですから。……まあ、それも、仕事の関係で週の半分ですけどね」
「え、じゃあ、娘さん……だけですか」
「――華です。佐水華」
すると、男は姿勢を正し、頭を下げた。
「申し遅れました。”ハウスキープ”社長付き事務担当、清瀬青葉です。しばらくの間、お世話になります」
――いや、だから……バグるってば!
あまりにきちんとした物言いなのに、その姿は、いわゆるヤンキー。
あたしの脳内は、処理が追いつくのに必死だった。
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