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”株式会社ハウスキープ”は、二十年前に父親が起こした家政婦派遣会社だ。
昔は家政”婦”で、女性だけだったけれど、今は、女性六人、男性四人、少数精鋭でやっている。
父親が社長で、母親は、着物の着付け講師。
あんまり普通でない家庭に育ったあたしは――ごくごく”普通”の子供だった。
そして、同じように育ったはずの姉は、フリーライターとして、日本全国を飛び回っている。
――あたしだけが、”普通”、なのだ。
「――どうぞ」
間が持たないので、リビングのソファに座ってもらい、コーヒーを出す事でどうにか取り繕う。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
そう言って、彼――清瀬さんは、さっそく、恐る恐る出したコーヒーカップに口をつけた。
家に入ってから、どこか緊張したような素振りの彼を、こちらも緊張しながら見やる。
それに気づいたのか、彼はカップを置くと、リビングから続くキッチンの方に引っ込んだあたしを見やった。
「……あの……いろいろすみません」
「え?」
「――……本当に急だったんで……荷物も、取るものとりあえず、という感じで出てきて、行く当ても無かったんで助かりました」
あたしは、その言葉に眉を寄せる。
「……えっと……ご実家は……」
「――……姉一家が同居してるんで……正直、帰りたくなくて」
「そう、ですか……」
「だから、本当に助かりました。……どうも、放火だったらしくて、物騒だから引っ越そうと思ったんですけど……その間どうするか、悩んでいたので」
「……はあ……」
あたしは、曖昧にうなづくと、視線を逸らす。
――物騒って、アンタが言うのも、どうかと思うんだけど。
そんな風に思ってしまうのは、やっぱり、この、あんまり普通でない見た目のせいで。
――ああ、もう!お父さん、早く帰って来てよ!
いくら父親が太鼓判を押そうとも、若い男を自分一人だけの家に入れるのは、気が引けるし、いたたまれない。
あたしが黙り込むと、彼もつられたのか、口を閉じた。
急に、しん、とした静けさがやってくる。
外では、前の道路を走る車のエンジン音が時折聞こえ、その間を縫って、犬の散歩なのか、鳴き声が響いた。
「あの」
「はっ⁉」
急に近くなった声に、あたしは顔を上げる。
すると、真横に、清瀬さんがカップを持って立っていた。
「ごちそうさまでした。……洗います」
「え、いえっ!大丈夫ですから!」
お客にそんなコトさせられるか!
あたしは、カップを奪い取ると、すぐにシンクに置いた。
「でも――お世話になるんで、何でもいいんで、お手伝いさせてほしいんですが」
「いっ……いりませんからっ!」
あたしは、思い切り首を振ると、背を向ける。
――ああ、もう、態度悪いな、あたし。
そうは思っても、今さら取り繕えない。
ホント、自己嫌悪。
あたしは、いつだって――。
「ただいま、華、清瀬くんはいるのかい?」
すると、ちょうど、父親が帰って来たので、あたしの思考はそこで途切れた。
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