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帰って来た父親は、テンション高く、清瀬さんを引き連れて姉の部屋へと階段を上って行った。
あたしは、それを見送ると、先ほどのコーヒーカップとスプーンをさっと洗い、そそくさと自分の部屋へと階段を上る。
すると、ちょうど、二人が出てきた。
――あ、そうか。部屋、隣じゃないの。
あたしに気づくと、父親は、
「ああ、隣は華の部屋だから」
簡単にそう告げると、さっさと階段を下りて行った。
残されたあたしと清瀬さんは、お互いをうかがうように視線を向け合う。
バチリと合った切れ長の目が思った以上にキレイで、吸い込まれそうになるのを、必死にこらえた。
彼は、あたしに軽く頭を下げると、ドアの向こうに消えていく。
それを見やりながら、あたしも自分の部屋に入った。
日曜日の昼下がり。
いつもだったら、何にもするコトも無く、ダラダラとスマホを眺めたり、ベッドでゴロゴロしているだけ。
夕方過ぎに動き出して、また、明日から仕事だ、って、憂鬱になりながらも夕飯を作って、父親か母親が帰って来てから食べる。
忙しいようなら、一人で――。
それが、いつものあたしだったのに。
不意にドアがノックされ、あたしは、ビクリと肩を震わせた。
「――あの、華、さん」
ぎこちない声が聞こえ、恐る恐るドアを開ける。
そして、再び現れた彼が視界に入らないよう、思わず視線を下げてしまった。
「……何でしょうか」
頑なになってしまった声音に少々後悔しながらも、あたしは尋ねた。
「あ、えっと、社長がもう出てしまわれたので……何か、お手伝いがあれば……」
「は?」
あたしは、思わず眉を寄せて、目の前の清瀬さんを見上げた。
「……お父さ……ち、父は、どこに……」
「ご友人を待たせて、一旦帰って来ただけだそうで。また出て行かれましたが」
「――……は??」
一体、何をしてんだ、お父さん。
たぶん、友人というのは、一緒に会社を立ち上げた西津さんだろう。
仕事の打ち合わせや、趣味の電機屋巡りに、よく、二人で休日に出かけるのだ。
あたしは、再び視線を落とすと、息を吐いた。
――まあ、いつものコトだけどさ。
こんな時くらい、いたらどうなのよ。
「……あの……」
すると、恐る恐る、清瀬さんがあたしをうかがうように、のぞき込んできた。
視界に入ってしまったその顔に、あたしは、思わず後ずさりする。
「――ぅわきゃっ……⁉」
「あぶなっ……‼」
足がもつれ、身体がよろめく。
倒れるのを覚悟していると、不意に背中がしっかりと支えられ、あたしはきつくつむっていた目を開ける。
「だ、大丈夫……ですかっ……!」
「――……っ……!!」
真正面から見つめられ、あたしは呼吸が一瞬止まった。
清瀬さんは、倒れそうなあたしを、右腕一本で軽々と支えてくれ、心配そうにじっと見つめてきた。
瞬間、頭が沸騰する。
「――ぅぎゃあっっ‼」
およそ二十代女性が出す叫び声ではない。
けれど、可愛らしい叫びなんて、瞬時に出るものじゃないわ。
あたしは、彼を突き飛ばし、そのまま――今度こそ、床にぶっ倒れてしまったのだった。
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