1

3/5
前へ
/195ページ
次へ
 帰って来た父親は、テンション高く、清瀬さんを引き連れて姉の部屋へと階段を上って行った。  あたしは、それを見送ると、先ほどのコーヒーカップとスプーンをさっと洗い、そそくさと自分の部屋へと階段を上る。  すると、ちょうど、二人が出てきた。  ――あ、そうか。部屋、隣じゃないの。  あたしに気づくと、父親は、 「ああ、隣は華の部屋だから」  簡単にそう告げると、さっさと階段を下りて行った。  残されたあたしと清瀬さんは、お互いをうかがうように視線を向け合う。  バチリと合った切れ長の目が思った以上にキレイで、吸い込まれそうになるのを、必死にこらえた。  彼は、あたしに軽く頭を下げると、ドアの向こうに消えていく。  それを見やりながら、あたしも自分の部屋に入った。  日曜日の昼下がり。  いつもだったら、何にもするコトも無く、ダラダラとスマホを眺めたり、ベッドでゴロゴロしているだけ。  夕方過ぎに動き出して、また、明日から仕事だ、って、憂鬱になりながらも夕飯を作って、父親か母親が帰って来てから食べる。  忙しいようなら、一人で――。  それが、いつものあたしだったのに。  不意にドアがノックされ、あたしは、ビクリと肩を震わせた。 「――あの、華、さん」  ぎこちない声が聞こえ、恐る恐るドアを開ける。  そして、再び現れた彼が視界に入らないよう、思わず視線を下げてしまった。 「……何でしょうか」  頑なになってしまった声音に少々後悔しながらも、あたしは尋ねた。 「あ、えっと、社長がもう出てしまわれたので……何か、お手伝いがあれば……」 「は?」  あたしは、思わず眉を寄せて、目の前の清瀬さんを見上げた。 「……お父さ……ち、父は、どこに……」 「ご友人を待たせて、一旦帰って来ただけだそうで。また出て行かれましたが」 「――……は??」  一体、何をしてんだ、お父さん。  たぶん、友人というのは、一緒に会社を立ち上げた西津(にしづ)さんだろう。  仕事の打ち合わせや、趣味の電機屋巡りに、よく、二人で休日に出かけるのだ。  あたしは、再び視線を落とすと、息を吐いた。  ――まあ、いつものコトだけどさ。  こんな時くらい、いたらどうなのよ。 「……あの……」  すると、恐る恐る、清瀬さんがあたしをうかがうように、のぞき込んできた。  視界に入ってしまったその顔に、あたしは、思わず後ずさりする。 「――ぅわきゃっ……⁉」 「あぶなっ……‼」  足がもつれ、身体がよろめく。  倒れるのを覚悟していると、不意に背中がしっかりと支えられ、あたしはきつくつむっていた目を開ける。 「だ、大丈夫……ですかっ……!」 「――……っ……!!」  真正面から見つめられ、あたしは呼吸が一瞬止まった。  清瀬さんは、倒れそうなあたしを、右腕一本で軽々と支えてくれ、心配そうにじっと見つめてきた。  瞬間、頭が沸騰する。 「――ぅぎゃあっっ‼」  およそ二十代女性が出す叫び声ではない。  けれど、可愛らしい叫びなんて、瞬時に出るものじゃないわ。  あたしは、彼を突き飛ばし、そのまま――今度こそ、床にぶっ倒れてしまったのだった。
/195ページ

最初のコメントを投稿しよう!

137人が本棚に入れています
本棚に追加