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「……一体、何をしてんのよ、アンタは……」
がっつりぶつけた後頭部を撫でながら事情を話すと、帰って来たばかりの母親は、玄関で靴を脱ぎながら、あきれたようにそう言った。
着付け講師とはいえ、いつも着物を着ている訳ではない。
上着を脱ぐと、あたしに手渡し、無言でハンガーラックを見やる。
渋々、それをかけながら、ぼやくように続けた。
「……だって……びっくりして……」
「ああ、まあ、男に免疫無いもんねぇ、アンタ」
「……失礼な」
ちゃんと、会社の男性社員とは、仕事に支障ない程度には、交流しているわ。
――まあ、ほとんど、事務的な会話だけしかしないけどさ。
「見栄を張るんじゃないわよ」
「うるさい。ご飯いらないの」
「食べるに決まってるでしょ。ありがと。アンタ達は食べたの?お父さんは、いるんでしょ」
「……いる、けど……」
あたしが口ごもると、母親は、キョトンとその目を丸くする。
「見た方が早い」
そう言って、リビングに二人で入る。
目の前には――ウキウキとあたしのアルバムを、清瀬さんに見せている父親と、半笑いで相手をしている彼。
何を思ったか、夕飯を食べ終えた父親は、親交を深める、などと言って、いそいそと棚からアルバムを出したのだ。
――もちろん、抵抗はした。
けど。
『見ても良いんですか?』
清瀬さんが、気を遣ってそう言ってしまい、あたしは、打ちひしがれながらも許可したのだ。
「……お父さん、何やってんのよ」
「あ、お帰り、明野さん」
眉を寄せる母親を、父親はニコニコと迎える。
「いや、せっかくだし、清瀬くんに、華の昔の写真見せようと思ってね」
「……何よ、それ。華、よく許したわね」
「許さざるを得なかったというか……」
ごにょごにょと口ごもるあたしを、母親はいぶかし気に見やるが、あきれたように肩をすくめた。
「まあいいわ。お腹空いたし。ご飯もらうわね」
「あ、うん」
すると、ソファでアルバムを眺めていた清瀬さんが、突然立ち上がる。
あたしは、それだけで、ビクリとしてしまった。
けれど、彼は構わず母親の元に向かう。
「奥様、初めまして。佐水社長には、大変お世話になっております。清瀬と申します。この度は、急なお願いで申し訳ありません」
――バグ、再び。
今時、こんなにスラスラと丁寧な挨拶が出てくる若者がいるなんて。
――しかも、この見た目で。
さすがに母親も目を丸くしたが、次には、頭を下げる彼に、ニッコリと返した。
「いえ、事情は聞いているから、気にしないでちょうだい。困った時はお互い様よ。焦らずに、きちんとしたところ見つけるまで、自分の家と思ってね」
「ありがとうございます」
清瀬さんは、そう言って顔を上げると、キッチンのテーブルに出ていた食器を手にする。
「え、あの」
「俺、盛りますね。多かったら言ってください」
「いえ、お客様に、そんな事をさせる訳にはいきませんよ」
「き、清瀬さん、あたしがやりますから……」
あたしは、慌てて割って入るけれど、彼は、首を振った。
「お世話になるんですから、これくらいはさせてください。でないと、俺も気まずいので……」
「あら、そう?だったら、お願いしますね」
母親は、鷹揚にそう言ってうなづいた。
「お母さん!」
「いいじゃないの。居心地が悪くなるくらいなら、させてあげたら」
そして、あっさりと、彼が用意する食事を席について待った。
あたしは、眉を寄せながらも、渋々うなづく。
――うなづくしかなかった。
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