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2
「佐水さん、会議終わったみたいだから、あっち、片付けておいてくれる」
「あ、ハ、ハイ」
翌日、月曜日。
一晩経っても、清瀬さんの半裸が目に焼きついたまま。
それに、過剰に反応する心臓。
あたしは、事故らないように、就職する時、ローンで買った中古軽自動車のハンドルを、いつも以上に固く握り締めた。
そして、赤信号のたびに、首を振ってその姿を消し去ろうとするが、あっさり挫折。
――だって、しょうがないじゃない、そこまで男に免疫無いんだもん!衝撃が強すぎるの!
……って、誰に言い訳するでもないけれどさ、と、ひとりごちると、後ろからクラクションが鳴らされ、慌ててアクセルを踏んだ。
かなり消耗しながらも出社すれば、待っているのは、いつも通りの山のような雑用だ。
(株)ホームツールカンパニー、総務部三課――事務方と言えば聞こえは良いかもしれないが――要は、他の部署には振られない仕事を、すべて請け負うような、何でも課だ。
今日も、先ほどまで、営業部が使う会議室の準備、終えれば、販促部からの要請で自社カタログの校正を頼まれる。
他にも、社長たち宛ての書類を振り分けたり、来客を迎える準備をしたり。
一体、何の仕事なんだろうと悩んでもおかしくないのだけれど、次から次へと依頼され、考える暇も無いのが現状だ。
それを、課長込みで四人で回しているんだから、少しは褒めて欲しいモンだけどさ。
あたしは、課長に頼まれた、二階の第一会議室の片付けを終えて、部屋を出る。
総務部はすぐ上の三階。
階段を上ろうとすると、下から営業部の集団がやってきて、あたしは、思わず視線を逸らした。
「あ、サミー、手ェ空いてんだろ!ちょっと、手伝ってくれねぇ?」
その中の一人に、気安く呼ばれ、あたしは、思いっきりしかめ面をして返した。
「……竹森くん……仕事を頼みたいなら、課長を通してください」
「何だよ、ちょっとくらい良いじゃねぇの」
ふてくされたように言う彼は、同じように、その、人好きのする顔をしかめた。
一応、他の女性社員達が密かに選ぶ、社内イケメン、三本の指には入るらしいが、今の顔を見る分には、みんな、絶対に間違っている。
「あたしは、今、課長が指示した仕事が終わったところです。報告しないといけません」
そう言って頭を下げ、階段を上る。
「何だよ、ケチくせぇな!」
――ああ、もう、血管キレそうになってきた。
でも、面と向かって怒鳴りつける訳にもいかず、結局、無視を決め込む。
――言いたい事なんて、半分も言えないのだ。
二階の会議室から三階の総務部へと戻れば、みんな、慌ただしく動き回っている。
ウチの会社は、キッチンツールの卸売販売。地元企業の中じゃ、そこそこ中堅どころで、主に、カタログ通販会社や、ホームセンター相手に商品を卸している。
昨今の情勢のせいか、通販需要も高まり、ウチもありがたいコトに忙しくしているのだけれど――とにかく、手が足りないのが実情なのだ。
おかげで、あたしのいる部署が、あおりをくっているようなもの。
「お帰り、佐水さん。こっちの書類、分けるの手伝ってもらえるかしら」
自分のデスクに戻るなり、隣から、そう声がかかる。
「ハイ」
座る間もなく、あたしは、そのまま書類を受け取った。
仕事を振ってきたのは、同じ三課のお局――もとい、お姉さまの長島主任。
でも、本人が役職呼びを嫌がるので、課内だけでは”さん”付けにしている。
彼女は、一つ縛りにした黒髪を流しながら、あたしに指示を出した。
「あと、今日の社外からのメールのチェックと――」
次々に課されるタスクに、目が回りそうになるが、どうにかメモを取る。
「あ、長島さん、それは終わってるから」
向かいのデスクから声がかかり、あたし達はそちらを見やった。
「ホント?助かる。ありがと、矢崎くん」
長島さんはそう言うと、あたしを見やる。
「じゃ、佐水さんはとりあえず、こっちお願い」
「わかりました」
あたしは、受け取った書類の宛先を見て、部署ごとに分けていく。
社外からの郵便物などは、一旦こちらで引き取って、振り分ける事になっているのだ。
時には、まったく関係ない勧誘の内容だったり、もう、退職した人間宛てに来ているものもあるので、その取捨選択。
「あ、今、営業から依頼が来て、午後からの商談スペース、準備頼むって。後、広報から、取材関係の打ち合わせ、議事録頼まれた」
すると、そんなあたし達に構う事なく、課長が容赦なく仕事を追加してきた。
「わかりました、それぞれ何時からですか!」
長島さんが、慣れた風に答える。
「どっちも二時だよ」
「じゃあ、アタシが広報やります。佐水さんは、営業の方お願い」
「わかりました」
――今日も、そんなカンジで、バタバタしたまま、一日が終わるのだ。
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