167人が本棚に入れています
本棚に追加
/392ページ
プロローグ
私の手は、悪魔の手だ。
不妊治療の末、ようやく授かった愛娘の、寝汗の滲んだ細い首に手を掛けようとした母親の手。
「ママぁ、ねんねしないの?」
何をされようとしていたのかも知らない、寝ぼけ眼のことりが、もみじ饅頭な手のひらを伸ばした。
「あぁ、うん。寝るよ。ごめんね、起こしちゃったね」
その小さな手のひらを握り返し、隣に敷いた自分の布団に横になる。
四歳のことりの布団は、大人用の半分しかない。小さなからだ。小さな手のひら。
吸い付くような質感の手のひらを握り返し、胸にちくりと針が刺さる。
「パパは?」
ことりは、私の背にある空っぽのベッドをちらりと見た。
「まだ帰ってないよ」
言いながら、身体に緊張が走る。
精一杯の穏やかな笑みを貼り付けた私の頬に、ことりの右手が触れた。
柔らかくて、あたたかい。
私に向けられる、世界でたった一つしかない優しい手が、するすると頬の上で円を描く。
「ことりは、ママだいすき」
「ありがとう」
ママもだよ――口にしようとしたその時。
限界まで張りつめていた心の琴線が、ようやく少し緩んだ瞬間。
鍵の音と玄関の開く音がして、反射的に布団から飛び起きた。
最初のコメントを投稿しよう!