5話

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5話

 しばらくは、相手がメッセージを目にしたかどうかもわからなかった。  いっそ未読のまま、受信トレイの隅で朽ちればいい。  過去にしていかなければ、と考えた日、榊が動揺した様子で声をかけてきた。 「返事が来た」  トイレの個室に駆け込むと、紗香からの返信が届いていた。 『隆史くんだって大変なのに、心配してくれてありがとう。私は大丈夫。あなたの人生を狂わせて、謝っても謝りきれません。お願いです、未来に向かって一歩一歩すすんでほしい。これからいくらでも取り戻せる。元気でいてください。楽しい毎日を過ごしてください。さようなら』  その文章を呆然と眺めた。分かっていたつもりだったけれど、未来は失われたのだ。  これが最善だ。彼女が幸せになるなら。  返信画面を開いたが、『さよなら』の四文字がどうしても打てなかった。  ひとつの問いかけをする。 『五年後なら、会いに行ってもいい?』  すこしして、答えが返ってきた。 『あなたはきっと来ない』  さらにメールを送ってみたが、それに対する返事はなかった。 * * *  べつの高校へ通うことになった。さすがに不便なので、真新しいスマホを与えられる。さまざまな制限がかかっていたが、その範囲内でしか使わないので困ることはなかった。  彼女を失ったあと、勉強に打ち込んだため、かつて想定したレベルより上の大学に合格した。  知らせたいと思ったけれど、グッと我慢した。  いつもは、相手の空が晴れていることを願う。夏なら、風が涼やかでありますように。冬なら、日差しがあたたかだといい。  でも雨のときだけは、つながっていることを想像した。  俺の世界は、ずっと梅雨模様だ。雨音に包まれているかぎり、俺の中に紗香が存在する。  どうか、やまないでくれ。  一日一日が、記憶の彩りを奪っていく。すぐそばにいたことが、どんどんリアルではなくなる。  怖くなった。『五年後』を迎えた自分が、会いに行こうと思わなかったら?  五年なんて言うんじゃなかった、せめて三年ぐらいにしておけば……。でも俺が変わってしまったら、何年後だろうと一緒だ。  雨に祈る。  その日までは、このままで。 * * *  本降りの雨が、屋根やアスファルトを叩く。その音はゆるむ気配を見せない。  駅の屋根の下で、俺は見知らぬ町を眺める。昼過ぎだが、辺りは薄暗い。人通りもほぼ絶え、時折タクシーや乗用車が通り過ぎていく。  しばらく待ったあと、町のほうから一本の傘が近づいてきた。薄緑色で、キワに細いラインが入っている。  数歩の距離までくると、その人物は立ち止まった。そして、こわごわ見上げてくる。五年前より髪が長くなり、落ち着いた雰囲気になった。  彼女がしばらく見つめ、感慨深い表情をにじませた。 「すっかり大人になったね」  俺は呆然としていた。目の前に紗香がいるのに、自分に都合のいい夢を見ているのではないかと疑う。  ふと気付く。相手が見覚えのあるネックレスをしていた。  俺はやっとの思いで口を開く。 「紗香がいないと、雨がやまないんだ」  彼女はすこし沈黙したあと、ゆっくりうなずいた。 「もう、いいよね……?」  そう言ったとたん、傘を手放し、こちらの懐に飛び込んだ。
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