2話

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2話

 想いが抑えられなくなったとき、俺は「好きだ」と告げた。  すると彼女はショックを受けた顔をする。 「……どうして口にしちゃうの? そんなこと言われても仕方ないのに」  俺はなかばヤケになる。 「好きになることもダメなわけ? たった一言を伝えるのも、許されないわけ?」  すると相手はハッとした。 「ご、ごめんなさ……」 「もういいよ」  俺は吐き捨て、その場から立ち去った。 * * *  顔も合わせたくないと思っていると、不意に二人きりになったりするのだから、人生はつくづく皮肉だ。  彼女は、俺との接し方を決めあぐねている。だから俺は一切のムダ口をたたかず、冊子をつくる作業に没頭した。  出来上がった三十五の冊子を移動させると、向こうが声をかけてきた。 「お疲れさま。ありがとう」 「いえ、お疲れっす」  俺は素っ気なく答え、カバンを手に出て行こうとした。戸を開いたところで、ふと振り返る。 「だから、そんな泣きそうな顔すんなよ。あんた、俺よりずっとオトナだろ? 俺みたいなガキがへそ曲げたって、痛くも痒くもないんじゃねぇの」 「そんなわけ……ないじゃない」  彼女が声を震わせる。このまま向き合っていたら抱きしめてしまいそうだ。クルッと背を向ける。 「どうしろって言うんだよ。迷惑なんだろ」  小さな足音が歩み寄る。俺が立ちすくんでいると、すぐ後ろで相手が囁いた。 「藤巻くんなんて、大嫌い」  こちらの上着の裾をわずかに引っ張り、俺の背中にコツンと額を当てる。  そして、寄り添ったまますこし泣いた。 「嫌いだよ……」 「……うん」 * * *  紗香は、この関係に強いためらいを感じている。だから、俺はできるだけ無理を言わないよう心掛けた。  彼女が俺に応えてくれる可能性は、限りなく低かった。心が揺れたとしても、隠し通すほうが楽だったはずだ。  なのに、踏み出してくれた。それは薄氷の上の奇跡。ほんのすこしのことで壊れてしまう。  特別でいられるなら、自分の我慢ぐらい安いものだ。  彼女のほうがずっと、怖くて不安だろうから。 * * *  紗香は、俺がなにかプレゼントすることを嫌がる。たしかに向こうは社会人で、こっちはたまにバイトするぐらいの学生だ。  普段はそのルールを守ったが、相手の誕生日が近づいたとき、ダメ元で「ネックレスを贈りたい」とお願いした。案の定、彼女は困った顔になる。俺は交渉を続けた。 「高校生でも買えるぐらいのアクセサリーだから。ネット通販でハンドメイドのやつ。でもチープじゃなくて、丁寧な作り。友だちに現物を見せてもらったら、キレイだったよ」  商品が並ぶページをスマホに表示し、見せてみる。  紗香が驚く。 「へぇ、千円前後でこんなにいろいろあるんだ」 「うん、評価もいい。信頼できると思う」  耳を傾ける彼女だが、表情は晴れない。そこで、俺はいったん退いた。 「……やっぱ、やめとくか。紗香のお気に入りの和菓子屋で、まんじゅう買ってくるよ」  黙っていた相手が、やや恨めしげに言った。 「ズルイなぁ。かわいいネックレス見せられたら、揺らいじゃう」 「え、マジで!?」 「でも違う意味で引っかかる。その友だちって、絶対に女子でしょ」 「いや、そうだけど、正しくは俺の男友だちのカノジョ。紗香が気にする要素はこれっぽっちも」 「ふーん……」 「ホントだって! 俺はデリカシーないけど、こういうときに元カノに相談したりしないから!」  やがて紗香がクスクス笑いだした。 「さすがに隆史くんでも、そこまで無神経じゃないね」  微妙に引っかかる言い方だが、疑念が晴れたようなのでホッとする。 「いまのって嫉妬?」 「そういうこと言うんなら、おまんじゅうしか受け取らない」 「調子に乗りました! ごめんなさい!」  機嫌を直してくれるまで、俺は平謝りした。  そんな紆余曲折があったものの、しばらくのち、彼女はときどきネックレスをつけてくれるようになった。首元が隠れる服を着ている日だけ。
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