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3話
梅雨のさなかだということを忘れそうなぐらい、空が晴れ渡っている。
二時間かけて電車を乗り継ぎ、その先の駅で俺たちは現地集合した。そして、あるアウトレットモールへ赴く。わざわざここを目指したのは、変わったイベントが行われているからだ。
白基調のオシャレな建物は、南国リゾートといった雰囲気。敷地内に入ると、広い通路がまっすぐ伸び、左右にさまざまな店が並んでいる。
本来なら通路は吹き抜けだが、このイベント時はカラフルな屋根が現れる。飾られているのは、広げた傘だ。赤、青、黄、緑などの色が、通路の上部を埋め尽くす。
いわゆるアンブレラスカイだ。
紗香が感嘆の声を漏らす。
「キレイだねぇ。絵本のなかに入り込んだみたい」
「傘が透けてるから青空もよく見えて、すげー不思議な世界観」
「ここまで来たかいがあったね」
初めて彼女に「傘づくりの天井だって」と聞かされたときは、「ナニソレ?」と想像もままならなかったが、実際に目にすれば心はずむ景色だった。
上にばかり目を奪われていると、紗香がこちらの腕をポンポンと叩いた。
「床にも咲いてる」
視線を落とせば、陽光を浴びた傘が、足元に色とりどりの影を映している。プロジェクションマッピングみたいだ。
彼女が辺りを楽しげに歩き、薄緑の影に乗ってにっこり振り返った。
次のエリアに進むと、透明の傘にカラフルな花びらがプリントされてある。見上げるだけでも華やかだけれど、床では花が咲き乱れていた。
「かわいい、かわいい」
紗香は非常にお気に召したようだ。
俺は、はしゃぐ姿をカメラに収めたかったが、写真は禁止なので、ひたすら目に焼きつけた。
戻りは、途中まで一緒に帰ることにした。
並んで席に座る。彼女はずっとニコニコしていた。
「楽しかったぁ。付き合ってくれてありがとう、隆史くん」
「意外と面白かった。紗香が提案してくれなかったら、目にすることなかったかも」
「よかった。あなたが退屈じゃなくて」
俺はうなずいたけれど、退屈な場所だって構わない、と思った。楽しそうにしている姿を見たら、それだけで充分だ。
馴染みの町に帰ることが、残念でならない。このまま手を取り合って失踪したい。
でもそんなことを言えば、紗香は傷つくだろう。俺は湧き上がった衝動を、頭の中から追い出した。
隣県まで戻ったところで、電車を降りてべつのホームへ移動する。
午前の快晴は空の気まぐれだったらしく、雨が降り始めた。
ここから俺たちは、電車をずらして帰る。初デートの終わりだ。
あと十分というとき、彼女のスマホが鳴った。
「電話してくるね」
距離を取って通話する。俺はため息をついて、雨に濡れた線路を眺めた。
そのとき、不意に「藤巻?」と名前を呼ばれた。階段のほうを見やると、よく知った三十代男性が笑いかけてきた。
「こんなところで会うなんてなぁ。遊びに出かけてたのか?」
「い、岩沢先生……なんでここにいんの」
「ご挨拶だな。親戚の法事の帰りだよ。まぁお前も、休日まで担任の顔なんて見たくなかっただろうが」
俺は動揺して相槌も打てない。だがハッとする。
マズイ、鉢合わせしたら……!
けれど手を打つ間もなく、紗香の柔らかい声が聞こえた。
「隆史くん、お待たせ。しばらく時間をつぶすのもかわいそうだから、離れたところに乗れば、おなじ電車でも構わないんじゃないかな?」
俺はそちらに視線を向けたものの、なにも言えない。相手が目を丸くする。
「どうしたの? 怖い顔して」
そのとき、俺のそばにいる存在が前に進み出た。彼を見た彼女が、一瞬にして表情を凍りつかせる。
「岩沢先生……」
「これはいったいどういうことですか? ――志水先生」
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