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4話
休み明けから紗香は、いや、志水先生は高校に来なくなった。
表向きは、病気でしばらく休職するということだ。生徒たちは「どこが悪いんだろうね?」と話す。
俺は普通に登校している。ただし、授業が終わればまっすぐ帰って自宅謹慎だ。バイトも禁じられて辞めた。
学校から連絡があり、両親は事態を把握している。スマホは取り上げられた。部屋のパソコンも、いまはリビングにある。使用できるのは親がいるときだけだ。
俺たちの秘密が明るみに出たあと、教師に呼び出されていろんなことを聞かれた。そのなかで俺は、「志水先生は悪くありません。全部、俺のせいです」と訴えたが、取り合ってもらえなかった。
厳しい表情で岩沢先生が言う。
「志水先生は社会人だ。お前に押し切られたとしても、たくさんの責任を負わなければいけない」
「けど俺が……」
「藤巻、人を好きになるのは大切なことだ。でも、志水先生をこんな目に遭わせたかったわけじゃないだろ? どうして、ほんとうに彼女を守れる道を選ばなかった」
「それは……」
「お前ならできたはずだ。志水先生を決して泣かせないことが」
俺は反論できなかった。
* * *
ほどなくして、紗香は高校から去ることになった。おそらく仕事を辞めるのだろう。
俺は、どうすればいいのか分からなかった。
彼女は遠くへ行ってしまうかもしれない。
俺自身も、転校するという話が浮上している。今回のことで親にずいぶんと迷惑をかけた。だから素直に従うつもりだ。
俺と紗香は、二度と関わるべきじゃない。
でも再会する可能性がゼロなら、最後に謝りたかった。
* * *
自分一人では状況を打開できないため、ある日の昼休み、友人の榊に事情を打ち明けた。
相手はひどく驚いたが、俺の様子が変わり果てたところを見ていたので、納得したようだ。
俺は考えを口にする。
「会うのは避けるべきだと思う。スマホがないから、偽装した手紙を出すぐらいかなと。できれば、俺とつながりのない、榊の知り合いに住所と名前を借りられたらありがたい」
「交渉するのはいいけど、時間がかかるな」
榊はしばらく考えたあと、こちらをじっと見た。
「この事態じゃ、やむを得ないか」
「うん?」
榊はチラッと周囲に視線を流したあと、抑えた声で言った。
「こっそりスマホ貸してやるよ。メッセージアプリのアカウントがなくても、なんとか連絡つく方法があるはずだ」
俺のスマホは、どうやら解約されていないらしい。どこかで保管しているのだろう。
親に渡すとき、メッセージアプリから退会するように言われ、俺は従った。その時点で、連絡先から紗香は消えていた。
自分のスマホがない以上、ほとんどお手上げ状態だ。
だが、付き合っていたころの会話がふとよみがえる。
「ネットサービスの紗香のメルアドって、アルファベットと数字をランダムに組み合わせたの?」
「ううん、アルファベットはある建築家の頭文字。数字は、おばあちゃんが飼ってたマメシバの誕生日と、眠りについた日ね」
「それは絶対に分からないなぁ」
意味を理解すれば、アルファベットと数字の羅列もすんなり覚えられた。といっても、当時はそれを記憶する必要などなかったのだが。
榊が、周囲に気付かれぬようスマホを渡してきた。俺はトイレの個室に入り、文章を打ち込む。
『いきなりのメールごめん。ちゃんとごはん食べてる? 夜、眠れてる? 無理しないでほしい。自分を責めないでほしい。いまは厳しい状況でも、明日は変わる。紗香がいつか笑顔になると俺は信じてる。なんか偉そうだな。俺は紗香を泣かせたかったわけじゃない。でも守れなかった。ごめん』
我ながら情けない文章だが、これが自分だ。メールを送ったところで、彼女を苦しめるだけかもしれない。嫌われるかもしれない。
観念して送信する。と同時に予鈴が聞こえて、俺は個室から飛び出した。
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