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同時刻、第3層、西。拳と脚に炎を纏わせたアシャと、蝿やイナゴ、蟻などの害虫に他の天使を襲わせながら、本気で拳や脚を振るうドゥルジが、本日何度目かの爆風を起こしていた。
「状況が状況だってのに、お前は一切全くブレねえな!」
アシャのかかと落としをドゥルジがひらりとかわすと、轟音と共に地面が割れた。
「えぇ、このところ貴方と殺りあえなかったから、結構溜まってるんですもの!」
ドゥルジは微笑に狂気と喜びを宿しながら、アシャの側頭部目掛けて脚を振るう。アシャは即座に身を屈めてそれをかわし、ドゥルジの腹に拳を叩き込もうとした。
「そもそも最近戦い自体を禁じられていたので……知識よりも筋肉の方が詰まっていそうな貴方の頭で考えてるよりも、ずうっと滾ってますのよ?」
ドゥルジは顔色一つ変えずにアシャの拳を身体を捻ってかわし、踊るように足技を繰り出す。それらをかわし、時に受け流しながらアシャは叫ぶ。
「本っ当に通常運転でなによりだよちくしょう!」
「あら? もしかしてあれ以降、ルシファーに何かされてないかと心配されてらしたんですの? それなら私、嬉しすぎて全身鳥肌が立って吐きそうになりますし、筋肉の重量を覗いたらとっても軽くなりそうな貴方の頭を叩き割りたくなりますわ!」
「ああそうかよそうですか! お前のことだからさほど心配してねえけど、いつも通りの煽りっぷりでそっちの面では安心したよ!!」
互いに体術を全力で繰り出しながら、いつも通りの会話を交わす。
互いの顔面を狙った拳がぶつかり合い、二人を中心に広い範囲に衝撃波が発生する。
「チィッ……!」
「ふふふ……!」
同時に後ろに跳び、距離を開ける。アシャの炎は一切衰えず、ドゥルジの上品な微笑みはこれっぽっちも崩れていない。
「……一つ聞きてえんだけど。お前、あのイナゴや蟻は何だ?」
そう言って、アシャは蟻や蝿、イナゴといった害虫や、悪魔達と戦う自分の部下を見た。
「あらやだ、私と戦っているのに部下の心配だなんて。相変わらず優しくて甘いですわね」
「とぼけんなよ。蝿はともかく、蟻とイナゴは
アンリ・マンユの権能のだろ」
「あら、本当にお優しいことで。まさか宿敵の首領を心配なさるなんて」
そう言うと、ドゥルジの顔から微笑が消えた。
「……あの映像は見たのでしょう? 私達は、目の前であれを見せつけられましたの。実際の、様子を」
「……」
ドゥルジはゆっくりと目を閉じて続ける。
「ルシファーはアンリを弱らせたあと、彼からいくつかの権能を取り上げ、私達に与えました。それぞれの力と相性の良いものをくれましたわ。えぇ、何ともまあ皮肉だこと」
次に開いたドゥルジの目は、とても冷たいものだった。
「あそこまで強い殺意を抱いた相手、貴方以外にいたかしら? 私達ダエーワの者が、どれだけルシファーを縊り殺してやりたいと思ったか。スプンタ・マンユが同じような目に遭ったら、貴方だって同じ事を思うでしょう?」
「……ああ。そうだろうな」
次の瞬間、アシャはドゥルジの放った鋭い蹴りを腕で防いだ。
「っ……!」
「なので、同情なんてやめて頂けます? 今は殺し合いを楽しみたいんですの。野暮な事を考えたり、言わないでくださる?」
蹴りを防がれたドゥルジは、後ろに跳躍してアシャと距離を取る。構えを直し、アシャの檸檬色の目を見つめた。
「……悪には、悪なりの正義がある。それぐらい分かるでしょう? 正義を司る天使さま?」
ドゥルジがそう言うと、紫色の雷がドゥルジの体に走り始める。それを見たアシャは、眉間に皺を寄せた。
「いつも通りでいられねえってか……!」
アシャも構えを直す。足に力を入れ、大きく踏み込むと、全身に炎を纏った。
「……フフ、それでこそです。今は、余計なことなど考えないように致しましょう?」
「そっちがその気なら、俺もそうさせてもらうか……!」
二人が同時に地面を蹴ると、既に互いの姿が目前にあった。
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