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「……隊長、他の奴らを連れて先へ進んでください」
先程助けられた隊員が、獲物である拳銃とアサルトライフルを手にしてエラタオル達に背中を向けた。
「先輩!?」
「これは俺の後輩が招いた失敗です。こいつにも責任はあります。そして今回の馬鹿な行動は、俺が教育を怠ったのも原因です」
エラタオルも理解していた。このまま襲い来る敵を全て相手にしている時間も、余裕も無い。この場を切り抜ける最善策は、誰かに囮になってもらう事だと。
ジャヒー救出という重要な役割を達成するには、仕方が無い。そもそも、この任務を一人も欠けずに達成できるとも、エラタオルは思っていなかった。
「……分かりましたわ。奴らの注意を引くのを、お願いします」
その言葉に、後輩の隊員が声を荒らげる。
「隊長!? そ、それなら自分が」
「貴方では時間稼ぎにもなりません。それなら、彼に任せるのが確実ですわ」
「大丈夫ですよ。隙を見て、すぐに追いつきますから」
そう言いながら、熟練の隊員は笑う。その笑顔は、今から死にに行く者の表情ではなかった。
「……健闘を祈りますわ」
「はい」
目的地とは逆の方向へ、熟練の隊員は走っていく。この状況を招いた隊員は、別の隊員に腕を引かれて走らされている。
「隊長! どうか、自分が囮になりますから! だから、先輩を!」
「隊長命令です。先に進みますわよ。彼の作ったチャンスを無駄にする訳にはいきませんわ」
エラタオル達の進む先とは逆の方角から聞こえる銃声は、どんどん遠ざかっていく。
「今から戻っても時間の無駄です。私達にあまり時間は残されていません。彼一人を助けても、ジャヒー様を救出できなければ……全てが無駄になります」
「けど……でも!」
往生際の悪い隊員の頬をナイフが掠めた。
「もう一度言いますわね。これは隊長命令です。これ以上逆らうのならば、命令違反として貴方を罰します」
エラタオルの声は冷たかった。他の隊員達は苦しそうな顔をしていたり、今にも泣きそうな顔をしている者もいた。
それでも全員、エラタオルに続いて走っている。その中で、後輩の腕を引く隊員が声をかけた。
「辛いのは隊長だって同じだ。けど俺達の今回の任務は、普段と同じようなやつじゃない。大魔王アンリ・マンユの妻、ジャヒーの救出だ。それがどれだけ重大で厳しい任務か。それだけの大事を、なんの犠牲もなしに達成できるとは、みんな思ってない。あいつもそうだったろうさ」
隊員は言葉を区切り、前を向く。
「俺だって残りたかった。同期で、親友だったからな。でもあいつは、俺達の為にああした。だから、あいつなりの……決死の判断と決意を、無下には出来ない」
「……」
後輩の位置からそう語る隊員の顔は見えない。だが腕を引く手と声の震えから、どんな感情を抱いて前へ進んでいるのか。それを察した後輩は、ようやくまっすぐ前を向いた。
「……はい。それに、先輩は強いんですもんね。追いつくって言ってたから……だから、きっと、大丈夫ですよね」
そう言う後輩の目には涙が浮かんでいた。
後方から銃声は、もう、聞こえなくなっていた。
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