ー side 比呂人 ー

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「加藤さん」  トイレから帰ってきて名前を呼ぶと、ビクッと肩を揺らし、彼は今日初めて僕へ警戒したような顔を向けた。  あの冬、ベンチにうずくまる彼に声をかけた時と同じ顔。  数時間向かい合わせで食事をしていても尚そういう顔をするのかと、少しだけショックを受けた。 「デザート食べませんか?」  一応そう誘ってみると、彼は一度目を丸め、「嘘だろ?」と呆れたような笑みを浮かべる。それでも「はい、もちろん食べます」なんて返事して、メニュー表へと手を伸ばす。  警戒心が強いような、まったくないような。  人に取り入るのが上手いくせして、自分の手の内は見せないタイプか。事実、下の名前も、職業も謎だしな。それだというのに不思議と不信感は薄い。こういう人が詐欺師だったら、誰でも騙されちゃうんだろうな。  僕なんかはすでにもう、騙されている分類に入るのだろう。  ……詐欺師……ね。あ、けどもしかして……ホストとか? そうだとしたら騙されてみてもいい。それはそれで楽しそうじゃないか。本物の詐欺師だったらちょっと嫌だけどさ。  けど本物の詐欺師だったら、あの冬拾った僕の定期入れをもう少し悪用しそうなものだ。けど松葉杖ついてるのに、必死に追いかけてきてくれた。たぶん本当にこの人は、僕に悪さをするつもりないのだと思う。たとえ本当の詐欺師だったとしても。 「そういえば日下さん。携帯ゲームはされますか?」  デザートの注文を終え、突然尋ねられた。  携帯ゲームか。実はあまり長続きしない。全くしないというわけでもないのだが、飽きずにずーっとしていられるゲームに巡り合えていないんだよね。  そんな話をすると、彼は「俺のおすすめゲーム紹介しますよ」と会話は再びゲームの話題へと舞い戻った。そこからはまた長々とゲームの話に突入し、デザートを食べ終わり店を出る時、僕らはきっとお互いが「あれ?」と素に戻ったと思う。  そう、会話が盛り上がりすぎて、何故か僕の家で共にゲームをするという流れになってしまっていたからだ。  今日加藤さんが購入したゲームの攻略本も貸しますよ、なんてことにもなってしまったので、家に招く他なくなってしまったというのもあるのだが。  加藤さんは「自転車があるので一旦取りに戻ります」と商店街を駅の方へ駆け出し、僕は内心これヤバイだろうかと不安になったりもした。けど、自転車を引いて戻ってきた彼の満面の笑みを見たら、やっぱりどう考えたって彼が悪い人ではないって思えた。  彼の絵顔はなにか、魔法がかかっているみたいだ。  本当に不思議な男の子……。いつもだったら、絶対にこんな簡単に人を信用したりしないんだけどな。
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