ー side 亮介 ー

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「いや、小さい頃に親に連れてきてもらいましたが、最近はめっきり。……へぇ、ビーフシチュー美味しいんですね!」 「はい、良かったら是非食べてみてください。常連の僕が保証しますよ」 「今入りません?」  だって、一人で入るには勇気いるし。  そんな理由。けど、何も考えず、それこそ友達を誘うみたいに提案した俺へ、日下さんは一瞬目を丸くした。それを見て漸く「やってしまった」と自分の発言の軽さに気付いたが、それ以上に日下さんの返答に驚いた。 「いいですよ。飯買いに行かなくて済むなら、こちらも好都合です。行きましょう、行きましょう」  え!? おい、まじか!!  くるりと傘の中で方向転換する日下さん。  うぉ、この人まじだ! 俺より軽いな! 他人のことを疑うとか警戒するとか、そういうのないのか!?  ビビってる俺に気付いているのかいないのか、日下さんがさっさと歩き出してしまうものだから、慌ててその後を追った。  カランカランっと軽い鈴の音を鳴らし開いた扉の先は、昔から変わらないダークブランの木造家屋。レトロ感しかないが、決してアンティークでオシャレとは到底言い難い。  窓辺のレースカーテンは黄ばんでるし、椅子のクッション部分もひび割れている。各テーブルの上にぶら下がっている照明の傘も色褪せ、カウンターの隅に置かれている置物も木彫りの熊ならぬ木彫りのウサギで、なんていうか……、可愛いとはいえない中途半端さだ。  テーブルクロスもすべて柄違いで、おばあちゃんちの食卓って感じ。ハッキリ言うけど、二十歳そこそこの若造には理解しにくいインテリアセンスな上、どうしたって一人では入りにくい店だ。  え、日下さんよくココに来るの? それはそれでスゲーな。  美形がこの店で普通に寛ぐとか、逆にカッコイイんですけど。  ビーフシチューがうまいというだけあってか、店内には数名の客がちゃんといて、地元くさいおじさんたちが夕刊を読みながら食事をしている。  店内入口に設置されている新聞紙棚から、日下さんも一冊それを手にした。  棚に雑誌はない。新聞紙のみだ。  キッチンから、「お好きな席どうぞ~」という声が聞こえ、日下さんは俺を一度振り返ってからタバコ吸います?と尋ねてきた。ふるふる首を振ると彼は少しばかり苦笑いして、人気の少ない席へ視線を移した。 「そういえばこの店、分煙されてないんですよね。大丈夫ですか?」 「全然構いません。日下さん、もしも吸われるなら遠慮なさらないでくださいね」 「いえ、僕も吸いません」  そう言って慣れた足取りでスタスタ奥の席へと歩き、黄色のギンガムチェックがきっと可愛いのであろうテーブルクロスの席へと腰を下ろした。  日下さんはメニューを引っ張りだし、スーツのジャケットボタンを外すと、「失礼」と一言断ってからネクタイを少しだけ緩めた。  絵になる人だ。散々事務所でイケメンを拝み続けてきているが、目の肥えた俺をも見蕩れさせるなんて、結構だと思うぞ。なんて柔らかで美しい人なんだろうか。  栗色の猫毛も、色白の肌も、その少したれた目も……、細く長い指先も。本当にどこぞやのモデルみたいだ。 「これですよ、ビーフシチュー。思ってるより量が多いんで注意してください。僕は今日は……シーフードドリアの番ですね」  番ってなに?
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