ー side 亮介 ー

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「あ、これは失礼しました。加藤と申します」 「加藤さん」 「はい、加藤です」 「加藤……?」  下の名前はなんですかと聞くように疑問形で名を呼ばれたが、俺は板についた笑顔を貼り付けて言い切った。 「はい、"加藤" です」  強調するように名乗った俺に、日下さんは一瞬顔をこわばらせたが、すぐにニッコリと微笑んだ。 「加藤さんですね、覚えておきます」  これ以上聞いてはいけないと察したのだろう。すぐに引いてくれた。 「加藤さんは学生さんですか? それともお仕事されてるんですか?」  至極当たり前の質問。  ほぼ初対面なのだから、それくらいの基本情報は必要なのだろう。だけど、答えることはできない。きっと彼とはこれっきりなんだ。もう二度と会うことはないと思う。同じ駅を利用していても、また同じように出会える確率なんて低すぎるだろ。  アイドルですと、芸能人ですとここで主張すれば、日下さんにとってはいい思い出になるのかもしれないけど、プライベートまで自分を見世物のように扱う趣味はさすがの俺にだってない。  一番嫌なのは、本当に何も知らなかった時だよ。名乗っても分からず、芸能人だと告白しても誰だ?と言われる時。俺メンタルそんなに強くないし、まじで凹むの、そういうの。  現在進行形で気付かれていないことも、めっちゃ気にしてるからね!? 言えるわけないだろ。アイドルしてます、なんて。 「いや~、今日は一日暇だったので、母からお遣いとか頼まれて、昼からブラブラしてました。そうそう、友人が最近ハマってるゲームも買ったんですよねぇ」  質問の内容は無視した。  日下さんも無視されたことに気付きながらも「あ、ゲーム? 何のゲームですか?」とこちらの話題に乗ってくる。  ツッコんで聞いてはいけないことだと素早く理解したようだった。  この人は引き際を分かっている。  もしかして俺をニートか何かと思っているかもしれないが、この際ニート扱いで構わない。 「日下さんもゲームされるんですか?」 「はい、します。出勤時間が遅い時は夜通し朝までやってますよ」 「結構やりこみますね!」  見た目のイメージと全然違う。  読書が趣味ですとか、クラシック音楽が好きです、とか言い出すのかと思ったけど、まさかのゲーマーか。意外すぎるじゃん。  そんなこと言ったら、バスケの時点で意外か。スポーツマンって感じは一切しないもんな。人は見た目で判断出来ないってこの事だな。この人、見た目よりずっと "男の子" なのだろう。クリームソーダとか頼むしね。
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