ー side 比呂人 ー

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 トイレに席を立った時、レジに居た店員さんに声を掛けられた。「今日の日替わりケーキはチョコレートミルクレープだよ」と。  正直もう帰るつもりだった。随分前に雨は上がっていたから。時間も時間だし、そろそろ解散した方がいいと思っていたのに、そんなことを言われたら頼むしかない。一応いつも食べていたしな。 「彼にも聞いてみます」  一応そう返事すると「友達かい?」と聞かれ、苦笑いを返す。決して友達ではない。 「いえ……まぁ」 「なんだか見た事あるのよね。どうしても思い出せないんだけど」 「幼い頃、よく来てたみたいですよ、この店に。地元の方ですから、見たことあるんじゃないですか?」 「あらそうなの? でも……うーん、そういう感じでもないんだけどねぇ」  おばさんは席に座っている後ろ姿の加藤さんを見つめ首を傾げると、「年取るとだめね」と話をまとめにっこりと笑った。  トイレで用を足し、加藤さんのことを思った。むちゃくちゃカッコイイ。あの冬の日もカッコイイと思ったけど、目の前で食事して話をし、笑う彼を見て、改めてその美形さに衝撃を受けている。  あの身長、あの顔面を持ちわあせておいて、モデルじゃないなんて不思議なくらいだ。もっとも彼が何の仕事をしているのかはさっぱりわからないんだけど。あの感じだとたぶん……フリーターかな。バイトで食いつないでいるか、もしくは無職。というか大学生……か?  話をしていて会話に困るほどのジェネレーションギャップはないんだけど、僕の店にいる学生さんたちと感じがよく似ている。きっと若い。  それでもうちの学生さん達より、年上相手の会話に慣れている雰囲気はある。うんうんと打ってくれる相槌が心地よく、絶妙なタイミングで笑い、ツッコミ、そして次の会話への橋を架けてくれる。  おかげで話し込みすぎた。加藤さんはトーク回しが上手すぎる。しかもずーっと楽しそうに笑っているから、つい……。  不思議な人だと思う。あの夜にたった一度会っただけなのに傘に入れてくれて、家まで送ると言ってくれた。なかなかそこまで申し出てくる人っていない。結果的に家に送るどころかご飯に誘われてしまったわけだけど。  でも本人も、不本意って顔してた。ついポロッと言ってしまった、と分かりやすく顔に書いてあったけど、家まで傘に入れてもらうよりは店で雨宿りする方がいいと思ってしまった。  加藤さんも嫌なら嫌で帰りたい空気を出せばいいのに、全然それがない。こちらが疑ってしまうほど、すごく楽しいと空気で伝えてくれている。顔いっぱいの笑顔が悪いと思うんだ。きっと、雨が上がっていることにも気付いていないんじゃないかな。  まぁ、僕がトイレに立ってしまったからさすがに気付いたとは思うけど。  僕が思うに、彼は天然の人たらしだ。この数時間だけだからそうだと言い切ることも出来ないんだけど、人の懐に入り込むのが物凄く上手い気はする。上司に可愛がられるタイプ。頭も良さそうだから彼が本気出したらきっと出世コースだ。  本当にただのフリーターだったのなら勿体ない人材だ。もしも無職だったのならうちの店に誘いを入れたいところだけど……、仕事をしてるかどうか、教えてくれなさそうな雰囲気がある。
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