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「なに、どうしたの!? バイクで送ってあげようか?」
そう申し出たら加藤くんは「ほんと!?」と顔に書いたけど、すぐにぶんぶんと首を振った。
「いや、いいです。怒られてきます!」
そう言って「起こしてすみませんでした! あと、いろいろ有難うございました!」と頭を下げると、寝室を飛び出し、鞄を乱暴に引っつかむと嵐のように去って行ってしまった。
僕は呆然と立ち尽くし、連絡先も何も聞けないまま……、もう会えないのかな、と静かになった部屋で一人、なんとも言えない喪失感に愕然とした。
その日は遅番だったから、ため息をつきながら再びベッドへ戻った。
遅刻だと言った。早朝のバイトでもしているのだろうか。そんな時間帯の仕事なんか辞めて、僕の店に来たらいいのに。喜んで採用させてもらうよ。
そう思いはしても……もう加藤くんには会えない。こんなにあっさり終わってしまうのかとため息は止まらなくて、その日一日なんだか調子が上がらなかった。
明智くんが試作品のブルーベリータルトを持ってきてくれたけど、「元気出ないよ」と言うと、「仕方ない人ですね」と特別にスムージーまで作ってくれた。
「しゃきっとして!」と背中を叩かれ、僕はスムージーとブルーベリータルトを食べた。ちょっとだけ、元気が出た。
店を閉め、片付けをして、今年の夏に向けたイベントの企画をオーナーと小一時間話し合った。車で送ってやろうかと親切に声をかけてもらったが、それをやんわりと断り僕は電車に乗り込んだ。
驚くほど一日が長かった。
加藤くんたった一人のせいで、ここまで自分が凹まされるなんて信じられない。昨日、相当楽しかったのだろう。僕もまだまだ子供だと思う。
寝て忘れられるのなら、もうこのままふて寝しよう。
決めた!と心で頷き、川べりのアパートまで帰ってきた。エレベーターに乗り込み、三階で降りる。
ポーンっと軽い音を立てて開いたエレベーターのドア。
けど、その先に見えたのは……僕の部屋の前で蹲っている加藤くんの姿だった。
僕らの運命は、知らぬ間に動き出している。ゆっくりすぎて……僕はそれに気付けていなかったけど、「やっと帰ってきた」という顔で僕を見つけた加藤くんの笑顔は、まるで「あれっきりなわけないだろ」って言ってるみたいで──。
僕はこの運命に、思わず手を伸ばしてしまったんだ。
「ごめんごめん、いつから待ってたの?」
「え、それ聞くんすか? 六時ですよ!」
「うそ! 今……え!? 十二時回ってるよ!?」
「言うなってば!」
ー 完 ー
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