ー side 亮介 ー

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「あー……えぇと」  俺の方が挙動不審に瞳を泳がせ、持っていた彼の定期入れをパタンと閉じると、それをおずおずと差し出した。 「半年ほど前に……公園で、ココアを頂きました。覚えて……らっしゃいますか?」  定期入れを受け取ろうと手を伸ばした彼は、俺の言葉に弾かれたようにこちらへ視線を向け直した。  見開かれた瞳。そして一気に綻んだその表情。  それは……、覚えて……るんだ。 「足はもうすっかり良くなったんですね! 良かった!」  俺の足を一瞥し、不自由なく立っている俺へ惜しみない笑顔をくれた。  なんだこの人。物凄く人懐こいな。言い方を変えるなら、隙だらけってやつ? 「夜中に松葉杖ついてらっしゃるから、心配しましたよ。何かあった時どうにも出来ないんじゃないかって。あんな夜更けでしたし。あの後、無事に帰れましたか?」  喋りなれているような感じが見て取れた。やはり営業職か。……ただ、芸能人の顔くらいは覚えておけよ。名前までは覚えてなくていいからさ。 「はい、寄り道せずにすぐ帰宅しました。あの度は見ず知らずの私に親切にしてくださり、本当にありがとうございました」  頭を下げる俺に、日下さんはやめてくださいと慌て、はにかむような柔らかい笑顔で俺を見た。  綺麗に笑う人だ。すごく好感度が高い!  明るい場所で見る彼は、あんな暗闇で見る日下さんよりずっとずっと素敵だ。  だけど、あの夜のまんま……、日下さんは "いい人" 丸出しな雰囲気。出会ってすぐにこんな事を思うのは失礼かもしれないが、この人、絶対悪い人に騙されるタイプだ。今までどんな困難にぶち当たって来たかは知らないが、よくぞここまで生き延びてきたものだと思う。 「結果的に親切にしてもらったのは僕です。足を骨折されていたのに、ご足労をかけ、本当にすみませんでした」  ……ま、確かにな。  ふっと笑ってしまった俺に、日下さんも「ははっ」と声を出して笑い、物腰の柔らかいこの人のことを、俺は好きだと思った。  もちろん、変な意味じゃない。人として、なんて素敵な人なんだろうと思えたんだ。 「今日は雨が凄いですね」  ザーザーとうるさい雨音にそう言うと、日下さんは困ったように眉を垂れ、「本当に」と小さく呟いた。そしてふと気付く。 「もしかして……傘ないですか?」  スーツ姿の彼はビジネスバッグを持っているだけで、傘を持っていなかった。折りたたみ傘くらいはもしかして持っているかもと思いはしたが、日下さんは苦笑いで頷いた。 「朝、よく晴れていたから油断していました」 「確かに朝はよく晴れていましたもんね」  もっとも、テレビでちゃんと予報はしていたのだけど。  この時点で気付こうと思えば気付けたのかもしれない。日下さんがテレビを見ないということに。しかし、この会話だけではまだそんな事気付けるわけもなかった。 「良かったら、傘入りますか? 車、ですかね? 駐車場まで…」 「あ、いえ。徒歩なんです」  まぁ、駅からあのアパートまでなら徒歩が一般的か。
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