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「じゃあ、そこのコンビニまで。傘売り切れて無かったらいいんですけど」
「本当ですか? え……甘えていいですか?」
コンビニまで相合傘ってこと。
「はは、こんな男とでも良ければ」
日下さんは、そんなこと全く気にしないという顔で嬉しそうに笑うと、それこそなんの警戒もなく俺の傘に入った。
別に日下さんの住むアパートくらいまでなら、このまま歩いて送り届けてもいい距離ではあるのだが、とりあえず俺も乾電池が欲しいし、コンビニは必須経由なわけだ。
それに、前に日下さんの家を知ってしまったからと言って、ほいほい他人のアパートまで送り届けるのがいいとも思えない。友達じゃあるまいし。日下さんだって流石に警戒するだろう。俺のことを全く知らないのなら、余計に……ね。
いや………いやいや! そんなことはないだろぉ!? 流石に知ってるだろ!? 知ってて知らないふりしてくれてんだよね⁉ 知っててくれよぉ、知ってて欲しいんだけどなぁっ!?
けど、codeの中でも俺って結構地味な方だから、知らなくても変に頷けるというか。小形のようなキラキラが俺にあるとは思えないし、リーダーはまぁリーダーだから黙ってても世間の認知度高そうだし、颯太は最近頭角出し始めて今や俺より人気出てる気配がしなくもないけど。西は……、いや! 西には負けてないだろ、さすがに! あいつより下だったら俺、アイドルとして今後成功する希望は持てない!
駅からコンビニに向けて二人歩き始める。
日下さんは大雨を恨めしそうに見つめ、「ほーんと朝は天気良かったのになぁ」と呟いた。
「いや、けど天気予報で雨降るって言ってましたよ」
拗ねるような声を出した日下さんにそうツッコミを入れると、彼は驚いたように俺を見た後、ガックリと肩を落とした。
「そっか~、やっぱり朝は天気予報見なきゃダメですねぇ」
「寝坊でもしました?」
聞くと彼は首を振り、「朝はめっきりラジオなんです」と返事した。
珍しい人だ。俺の周りに朝からラジオ聞いてます、なんていう人はほとんどいない。いや、いるといえばそりゃいる。なんせ、俺が朝っぱらのラジオ番組を持っているから、ファンの女の子たちは聞いてくれているだろうし。
あとはドライバーさんね。車通勤してる人にはラジオリスナーが多い気はするんだけど……、日下さんは徒歩だしな。まさか携帯ラジオを持ち歩いてはいないだろう。
「ラジオでも天気予報しませんか?」
「いや、僕が好んで聞いているラジオではやらないんですよ。まぁ、最初から最後まで聞いていたら、どこかでやっているのかも知れませんが」
ラジオって、案外放送時間長いんだよな。分かる分かる。俺がやってるラジオもひとつのコーナーに過ぎないし。聞いている時間帯に天気予報をしてくれるかどうかなんて確かに分かんないよな。
「たぶん収録なんですよねぇ。ごく稀に時事問題に触れたりもするんですけど、ほとんどただの喋くりって感じで」
「……へぇ」
日下さんは傘の中という狭い空間において、パーソナルスペースもクソもないっていうのに、俺へ人懐っこい笑顔を向けた。
この至近距離でこっち見て笑う彼に、正直……ちょっとビビった。
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