ー side 亮介 ー

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 彼が俺を警戒していないことは最初から明らかだけど、この狭い空間において顔をこちらに向けてくるって結構珍しいんじゃないかと思う。  それともなんだ。あれか? "この男どこかで見たことあるけど思い出せないぞ" 的な? もう一度顔をよく見てやろう、という魂胆なのだろうか?  だけど。 「それでも朝は彼の声を聞かないと気持ちがシャキっとしなくて」  そんなことよりも、聞いているラジオの事をそんな風に愛する人がいるんだと思うと、俺は少し……そいつに嫉妬した。  だって……俺も収録だし。  俺はラジオを平日みっちりやらせてもらっていて、一週間のうち、2日に分けて一気に2~3本ずつ録っている。受け持っているコーナーは短いし、台本だってあるけど、一気に収録するって簡単なことではない。  台本と言ってもドラマの脚本みたいに台詞がびっしりと書いてあるわけではない。お決まりの文句は書かれていても、あとは流れがざっくりと記載されているだけで、その間も絶え間なく喋らなくちゃいけない。俺の番組にはほとんどゲストも来ないから、一人で時間を使い切らなくちゃいけないんだ。  はっきり言って最初は結構苦戦した。今だって決して簡単にはこなせない。それでも、随分一人で喋りまくることに慣れてきた。  ただ、テレビとラジオじゃ収録方法が全然違う。テレビのように切って繋いで、という作業が基本的にラジオにはないんだ。リアルタイムの収録と同じ状況で録られる。だから言葉を噛んでも咳払いしちゃったとしても、放送禁止用語が出てこない限り、基本、収録にストップはかからない。その程度では普通に続行されてしまうんだ。ドラマだったらそんなことありえないし、バラエティーだったらうまく編集してくれる。でもラジオは止まらないし、編集もしてくれない。  シビアな世界。  椅子に座って、口だけで商売するっていうのは、本当にシビアな世界だ。体力を使うわけでもなく、分かりやすく誰かの役にたっているわけでもない。けど、口だけで金を貰うって言うのは、それだけ大変な責任が伴っているということなのかもしれない。  日下さんがどこか幸せそうにラジオの話をするから、俺は余計にその責任を感じた。  俺ももっと、ちゃんとしなきゃいけないって。俺のラジオを、日下さんのように愛しくれる人がいるんだと、もっとしっかり認識しなきゃいけない。 「ラジオ、お好きですか?」  聞く俺へ、「はい」と惜しみない笑顔で頷き、日下さんは続けた。 「顔も見えないパーソナリティと、まるで会話しているみたいで。面白くないですか?」  驚いた。 「会話……ですか」  ひとりで喋っていると思っていた。もちろん、ハガキを読み上げ、返事をして、応援して励まして……。けど俺は、ハガキの相手にしか話しかけていなかった。  彼がどのラジオ番組を聞いているのかは知らないけど、俺は本当にダメダメだ! まだラジオを受け持って一年も経っていないけど、俺今、すげーこと聞けたと思う。  ラジオへの向き合い方というか、姿勢みたいなものが、一気に正された気分だ。この人は、あの冬と同じように俺の心の中に熱を灯してくれる。やんわりと、小さいけどしっかりとした熱を。  それが恥ずかしいのか……いや、きっと物凄く嬉しいんだと思う。もう少しこの人と話がしてみたい。そう思う。素直に、率直に、心から。  だけど、コンビニに到着してしまった。
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