ー side 亮介 ー

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「ありがとうございました」  頭を下げられたけど、俺も乾電池を買わなければいけない。傘を畳んだ俺に日下さんは目を丸くしたけど、「欲しいものが」と店内を指さすと、ジェントルマンのように店のドアを開いてくれた。甘えて先に入店させてもらい、俺は彼よりも先に見つけてしまう。 「日下さん。傘、売り切れ……みたいです」  いつも傘が引っ掛けられているラックには、売り切れの紙が堂々と貼られていた。 「げっ」  げ、とか言うんだこの人。上品そうに見えるけど、案外そうでもないのか?  日下さんは困ったように店の外を振り返り、思案顔で黙り込んでしまった。きっと、スーツを濡らしたくないのだろう。それかそのビジネスバッグに相当重要な書類が入っているとか。 「あぁ……、良かったら、家まで送りましょうか?」  こちらの方が堪らずそう申し出てしまうくらいには黙り込んでいた。入り口の前で立ち尽くす彼は俺の言葉に驚いたように目を見開くと、大慌てで首を振った。 「いや! さすがにそんなことはお願いできません! 珍しく今日は時間がありますし、小雨になるまでこの辺りで時間潰します」  寂れた駅とはいえ、それなりに色々ある。喫茶店も、居酒屋もカラオケも、本屋も。それにまぁ、普通は他人に家まで送ってもらうなんてのは気味が悪いものだ。  けど。  けどさ、日下さん。あなた、俺になんの警戒もしてませんよね?  たまらず「き……」茶店と言いかけて、ぐっと黙り込む。  一緒に喫茶店でも行きますか、なんて……もしかしてそちらの方がよほど気味が悪いかもしれないなんて思ったから。けど、そう言いかけてしまったのは他でもない、ただ俺がこの人ともう少し話がしたかっただけ。このまま彼とここで別れるのは勿体ない。喫茶店は無理にしても、せめて家までは送り届けよう。 「ちょっと待っててもらえますか」  俺は日下さんを引き止めたまま、乾電池を急いで購入し、店を出て傘を開いた。 「帰り道の途中なんです、あのアパート。だから送りますよ。送らせてください」  本当はほんの少しだけ遠回り。けど、方向は間違っていない。気持ち悪いと思われるかもしれないけど、たぶんこの人はそんなこと思わないはずだ。 「いや、……けど」 「お願いです。ココアのお礼、俺まだ出来てません」 「いえ、定期入れを届けてくださいましたし!」 「あれはお礼なんかじゃないです」  あの時、例えばあなたが定期入れを落とさなければ、俺はまだ何も恩返しできていないってことになる。それはおかしいだろ? それをお礼になんか出来ない。それに俺は、あの日のココアをそんな軽いものとして受け取ってない。  俺には……俺にとってあのココアは、すごく温かくて、すごく優しかったから。  日下さんはコンビニの軒下から、まるで俺を見定めるかのようにじっとこちらを見つめた。  大丈夫だよ、日下さん。  俺は怪しい人間じゃない。あなたに危害を加えるつもりなんかない。  信じて。俺はあなたへ、優しさをお返ししたいんだ。
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