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窓のない正方形の部屋。その端々には風呂やトイレ、トレーニングルームなどに繋がるドアはあるものの、外部につながる扉は設置されていなかった。
北西側の一角には約10人分のデスクが置かれ、東側にはソファーやテレビが設置されていた。
デスクとソファの間に、空間から渦を巻くようにフロラが現れる。
彼女が現れた場所は法務省報正庁グランフェス地方報正局報正課報仇係の執務室。
裁判所の許可を得た上、犯罪被害者の要請に基づき秘密裏に仇討ちを執行する公的機関。
「あっ、マムきた」
デスクの傍に立つ数人のうちの1人、黒いスーツを身にまとった白い羽毛が生えた鳥のようなグリフォノイドという種族の男がそう呟いた。
「だからマム言うな」
彼の言葉にフロラが眉間に皺を寄せる。
「じゃあオバさん」
グリフォノイドの腹にフロラの重いボディーブローが入る。
「次オバさんって言ったら腹に風穴開けて焼き鳥にするよ」
▽
名前:フロラ・マムログボット
年齢:41歳
種族:ダークアルラウネルフ
(アルラウネ×ダークエルフ)
役職:報仇課係長、報仇執行官
仮名:マム、オバさん
仮職:スーパーのレジ打ち
趣味:ニードルフェルト
(作りきったことはない)
▽
表の顔は一児の母、レジ打ちのパート。
裏の顔はここ報仇係の係長として癖の強い係員を従えて法的に犯罪者に仇討ちを行う女性執行官なのだ。
「あれ、ロウはいないの?」
グリフォノイドは腹を押さえながら、声を振り絞る。
「マムが怖いんで……現場行きました……」
フロラは非常に感じ悪く舌打ちしている。
彼女は自席の上に置かれた資料を手に取ると今回の件名を読み上げた。
「領外逃亡のおそれのある者の報仇…ね。さぁ、今回の件について執行方針を決めましょうか」
「何が“方針を決めましょうか”だ。オバハン。ドヤ顔すんな」
フロラに噛み付いたのは、赤黒い肌、禍々しく額に生えている2本の角、筋骨隆々の身体をしたデーモンと呼ばれる種族の男だった。
フロラよりも年上で顔には皺が刻まれている。またその男はコワモテで、スキンヘッドに顎髭と他を威圧して有り余るほどの厳つさだった。
「オバハン言わないでもらえます?私の方がバルバラさんより5つも年下なんですけど?」
フロラの言葉にバルバラは顔をムッとさせた。
「職場で本名を呼ぶな、仮名で呼べ」
▽
名前:ヴァルリアン・バルバラ
年齢:46歳
種族:マッスルデーモン(自称)
役職:報仇係主任、報仇執行官
仮名:マッスル⭐︎悪魔
仮職:覆面プロレスラー
(リング名:マキシム筋肉)
趣味:自分の試合を娘に見せる用に編集する
▽
バルバラは一応フロラの部下になるのだが、年上ということもあって、フロラはバラバラのタメ口を許していた。
「バルバラさん、マッスル⭐︎悪魔って呼ばないと怒るじゃないですか!マッスルとかでも怒るし」
「当たり前だ!しっかりと仮名で呼べ!」
「呼ぶの恥ずかしいんですよ!その仮名!」
「なら俺もオバさんと呼び続けるからな!」
バルバラはフロラに反抗するように、ピチピチの半袖Tシャツによって浮き出た巨大な胸筋を交互に動かして威嚇している。
すると、筋肉デーモンのバルバラに続くように艶かしい女性の声が響いた。
「マム、早く始めましょう?ワタクシ待ちくたびれましたわ」
デスクチェアに足を組んで座る鮮やかな紫色のドレスを着た女性。肌は水色で表面は液体のように反射してところどころ光を発している。
長く艶やかな銀髪が特徴的な彼女はフロラに目をやることなく、指先にネイルを施しながらそう告げる。
▽
名前:アラルナ・テネット
年齢:30歳
種族:スライム
役職:報仇係主任、報仇執行補助官
仮名:アテネ
仮職:モデル
趣味:他人の土下座を見下ろす
▽
「アテネもあのマムって呼ぶのやめ…」
「マム、もう始めましょう。時間があまりありませんから」
グリフォノイドの部下が腕時計の盤面を爪でコンコンと叩いている。
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名前:エリック・ウォーカー
年齢:31歳
種族:グリフォノイド
(グリフォン×ニンゲン)
役職:報仇係主任、報仇執行補助官
仮名:フェニクス
仮職:自営業(羽毛布団の訪問販売)
趣味:ペットのインコに対し真似をして煽る
▽
「課長の指示でもう他の人たちには情報収集に出てもらってますんで」
グリフォノイドのフェニクスがそう説明すると、フロラは辺りを見回した。
「補佐は?」
「トイレです」
フロラが資料を持ってソファーに腰を下ろすと、フェニクスが傍に立った。
「先に概要だけ説明しますね」
「今回の対象は強制性交等致傷の受刑者3名です」
フロラは資料をめくりながら問う。
「具体的には何したの?」
「対象3名はいずれもニンゲンとゴブリンの混血種。トルノ海岸に棲むマーメイドの少女18歳2名を地引網で陸に引き上げ、暴力を振るって痛めつけた後、代わる代わる性的暴行を加えてたものです」
「その後警察に逮捕され、起訴。求刑は懲役6年で、判決は求刑通りです」
「そこで被害者側は法定刑を辞退し、報仇手続きを申請。裁判所がOKを出して今回の件がうちにきたってわけです」
犯罪被害者は相手方が有罪判決となれば、死刑や懲役、罰金といった法定刑を辞退する代わりに報仇という手続きを取ることができる。
この報仇手続きとは、犯罪の発生について被害者側に原因の一端があると認められなかった場合に、被害者が受けた被害と同程度と認められる損害を与えることができる司法手続きのことだ。
また、報仇係がその仇討ちの軽重を決めることができるのも特筆すべき点だった。
簡単に言えば、被害者の代わりに報仇係が仇討ちをするというのがこの制度である。
過去には、ドラゴン族の羽を斬り落としたとしてマフィアの構成員だったスライム族がこの手続を受けている。その際はドラゴンの羽が全体に占める割合と同じ量のスライム流動液を切り取られた上、蒸発させられ、さらにスライムのコアのうち移動を司る部分の1/4を切り取られた。
これはドラゴンにおける羽の重要性が評価された結果だろう。
報仇を受けたスライム族のマフィアはこの結果に不服申し立てをするも棄却された。
報仇という制度はまだできて15年ほどしか経っていないが、犯罪率は目に見えるほど激減した。自分のしたことがそっくりそのままどころか、+αで返ってくるのだから私利私欲のために犯罪を犯すのには流石に躊躇ってしまうのだろう。
「で、急ぎってのは?」
フロラがわざとらしく口角を上げ、目を歳不相応にぱちくりさせながら問う。若干可愛さを意識しているのが見て取れるが、フェニクスは一切触れずに先に進める。
「対象3名に領外逃亡の兆しがあったそうです」
「……定刑猶予観察は?」
定刑猶予観察とは、報仇が完了するまでの間観察官という監視者によって動向を監視される処分のことだ。
「それぞれゴブリン保護団体が身元を引受けて解除されてます」
「うそ?身元引受通ったの?」
「はい、莫大な解除保釈金を払ったみたいです」
「あら、でも逃亡の兆しがあるってことは保護団体さんルール破っちゃう感じ?」
「身元引受責任による罰則はたかだか50万Dですから、ゴブリン達から貰える報酬とプラスマイナスして余裕でプラスなんでしょう」
「その対象のハーフゴブリン達はそんないいとこの出なわけ?」
「ゴブラナ共和国のお偉いの子供が1人いるそうです」
「ゴブラナってあのゴブリンの?」
「そうです。」
「つまり、私たち報仇係に仇討ちされる前にあっちの国に逃げようってわけね」
「えぇ。表と裏の両方から邪魔だても入るでしょう」
フェニクスが手持ち資料のさらにめくり、説明を続ける。
「現に国際列車駅に隣接している領立ホテルの上階を貸し切って、国際間列車が出る2日後まで警備を固めているそうです」
腕組みをして難しい顔をしているデーモンのバルバラがフェニクスに尋ねた。
「国際問題になる感じなのか?」
しかしその問いに答えたのはフェニクスではなく、部屋の隅からの声だった。
「国際問題になろうがならまいが、我々は被害者のために報復するだけだ。明日中に身柄を押さえろ」
ハンカチで手を拭きながら身長3メートル程で一つ目の中年サイクロプスが歩み寄ってきていた。
「補佐、長かったですね」
フェニクスが声をかける。
「あぁ、モリモリ出てな。参ったよ」
「きったない話!」
フロラがわざとらしく鼻を摘む。その横のスライムのアテネは心底嫌そうな顔をして、汚物を見るかのような目で体を引いた。
▽
名前:イラ・ホーン
年齢:42歳
種族:サイクロプス
役職:報仇課長補佐、統括報仇執行官
仮名:ベーコン
仮職:法務省職員
趣味:ベーコン作り
▽
補佐はハンカチを左の後ろポケットにしまっている。
「すでに他の係員はホテルに潜入してもらっている。受付に給仕にコック、清掃員…」
バルバラがアテネに向けて手を差し出した。
「じゃあ俺達も早いとこ合流しようぜ、アテネ頼む」
「今回はどうされますぅ?」
アテネが右の手のひらを上に向けると、そこから粘液性の球体が湧き出てくる。
その様子を見た補佐のホーンは口を挟んだ。
「バルバラ主任、今回はアテネの仮面じゃなくて、仮職のプロレスラーの覆面で頼むよ」
「へ?」
「それとアテネはそのモデルの顔のままでいい」
「そぉなんですかぁ?了解でぇす」
バルバラは補佐の要求に目を丸くして固まるが、対照的にアテネは右手を挙げて了解している。
「仮面を被るのはマムとフェニクスだけにしよう」
「あの補佐、だからマムって呼ぶのはやめてくださいって…」
フロラの異議を遮るようにフェニクスが言葉を発した。
「バルバラ主任とアテネは陽動ですか?」
「そう。先行の者たちが情報収集、バルバラとアテネが陽動、マムとフェニクスが対象を奪取する」
マムとフェニクスが顔を見合わせた。
「マムとフェニクスは貸し切りの2階したの階に部屋を借りてもらう、設定は君らに任せる、夫婦でも恋人でも、他種族だろうとなんでもいい、アテネに用意してもらえ」
フェニクスは一瞬だが少し顔をしかめた。
「ちょっとアンタ今嫌な顔したでしょ?私、一応娘いるんで、こっちから願い下げです」
「マム、他意はありませんのであしからず」
補佐が逸れた話をもとに戻す。
「とにかく、これからホテルに向かってもらう、頼んだぞ」
To be continued.....
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