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第2話 領立ホテルは慌ただしく
*
「マム、いつもの通り頼んだぞ」
補佐がフロラに大きな期待を寄せる。
「補佐…マムって言うのは……」
「いやなのか?自分で呼んでくれって言ってたのにか?」
「たしかに言いましたけど…あれは…」
「なんならオバさんもアンタが呼んでみろっていったのにな」
バルバラが追い打ちをかけた。
「まさか本当に呼ぶような頭オカシイ奴らとは思ってなかったから…」
~~~
「今回の異動で当課当係に配属となりましたフロラ・マムログボットです」
スーツに身を纏い、姿勢よく直立する褐色の女性がいた。
髪は後ろで結んでおり、端整な顔立ちが目立つその女性。眼光は鋭く、目の前に座っている者達を睨むかのようだった。
数年前、彼女は報正局本部の情報交流課という部署から異動してきた。情報交流課…交流とは名ばかりの水面下で敵対組織や危険組織との間で情報と命をやり取りする部署だ。
彼女はそこで主任として約15年近く勤務してきた。何度も実績を上げ彼女の名こそ公表されないものの、その功績は組織の人間であれば内外ともに知っている程だった。
報正局において、影響力を持つ部門が2つある。
一つは被害者のために仇討ちをする報仇部門。
もう一つが敵対組織や犯罪組織の動向を探るために情報を獲得する部門。
この2部門は報正局の2本柱であったが、お互いのプライド故に険悪な関係だった。約15年情報交流部門にいた彼女ももちろんプライドを持っており、報仇部門には負けないようにと踏ん張ってきた。
報正局本部の情報交流課勤務で昇任した主任のフロラ。順当にいけば本部以外の地方支部情報交流係で係長として働くと思われていた。
しかし、いざ蓋を開けてみれば異動の内示では目の敵にしていた報仇部門で係長となっていた。
この異動のせいで情報交流部門からは白い目で見られ、上司からは“もう情報部門には戻ってこれないだろう”とまで言われてしまった。彼女としては局に貢献したことは多々あれど、やらかしや思い当たる節が何もないのにも関わらずだ。
そんな負の感情を背負って移った報仇部門。異動先は地方支部の中では2番目に大きい支部、グランフェス地方報正局だ。しかし忙しさで言えば1番であり、国際的な都市であることからも、他国や他領地を巻き込んだ事案も多いなど多忙を極める支部だった。そんな支部では特に情報交流部門と報仇部門の中はズタボロで、互いに毛嫌いしていた。
異動前の荷物搬入や挨拶でも、報仇係員はあからさまに他所他所しく、挨拶もほとんど交わされなかった。
彼女の上司となる報仇課補佐もニコニコとしていたが、腹の中は見せず、いかにも上っ面だけの会話しかしなかった。彼女の部下となる者達に至ってはフル無視だ。
そんな険悪な雰囲気の中行われた異動日の挨拶。情報交流部門出身のフロラは舐められまいと殺気立っていた。
「今回の異動で当課当係に配属となりましたフロラ・マムログボットです」
係員たちも品定めをするかのような目でフロラを観察している。
「皆さんご存じと思いますが、私は情報交流部門で長年勤務してきました」
「潜入や情報収集には自信がありますので、報仇部門でも存分に生かしていきたいと思います」
自信満々に、それでいて淡々とそう言うフロラに横やりが入る。
「こっちの部門じゃ、コソコソと動くだけじゃぁなぁ?強くなけりゃ務まらねぇですよ?オバさん」
赤黒い肌に筋骨隆々、額には禍々しい深い茶色の角が2本生えたデーモン種の中年男が嘲笑した。
その挑発にすぐさまフロラも反応する。
「ご忠告どうもありがとうございます。ご心配いただかなくとも、こちらは見せかけの筋肉だけでなく格闘技もやっていましたので」
さらにフロラはデーモンの男を若干見下すように口角を上げて続けた。
「それに情報交流部門は敵対組織との戦闘もありましたので経験も多々していますので、報仇部門の方にも戦闘について指導していければいいな、と思っています」
初日からバチバチだ。
まだまだフロラは止まらない。
「報仇部門ではアルファベット等の記号を使わず、仮名を使うと聞きました。非効率的とは思いますが……」
フロラは一呼吸置くと高らかに言い放った。
「私のことは“ボス”と呼んでください」
これは明らかなフロラからの挑発だった。仮名のセンスの問題もあるのだろうが、係員達も顔を顰めている。そしてその言葉に反応したのはやはりデーモンのバルバラだった。
「何がボスだ!アンタみたいな情報部門のモンが俺達報仇員のボスだと!?笑わせんなよ!」
「ボスが嫌なら…そうですねぇ…マムログボットからとって“マム”でもいいですよ?私の下命には“Yes,Ma'am”とちゃんと従ってくださいね?バルバラさん?」
軍隊で上官に対してするような返事を持ち出したフロラにバルバラがキレる。
「だれが呼ぶか!!」
「なら、さっき言ってたオバさんでもいいですよ?その度胸があるのならね?言えばあなたは私にのされることになりますけど」
「やってみろ!オバハン!!」
バルバラが荒々しく椅子から立ち上がり、フロラに迫る。
「バルバラ主任を止めろ!!」
「マッスルさん!こんな異動日しょっぱなからやめま……」
こうして殴り合いから始まったのが、彼女の報仇部門勤務だった。
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「どうする?フェニクス。今回の設定」
フロラがフェニクスに問う。
「俺はこの歳で恋人みたいにいちゃつくのはキツイです。熟年夫婦でいきましょう」
「それは賛成」
すると、スライムのアテネが割り込んだ。
「マム、種族はどれでいきますぅ?」
「そうねぇ……」
フロラが考え込んでいると、フェニクスが指を弾いた。
「あっ、マム。夫婦だから敬語使いませんからね、二人きりのときでもゴリゴリのタメ口でいきます。というか亭主関白設定でいいですか?」
「アンタ時代遅れか、そんな旧時代的なの久々に聞いたわ」
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