第2話 領立ホテルは慌ただしく

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~領立ホテル1階受付~ 「ようこそお越しくださいました、お名前をお伺いしてもよろし……」  受付が来客者の女性に声をかけるが、その声が止まる。その女性の顔を見て誰かを悟ったのだろう。 「レイナ・ジュンホールドよ」  その女性、ニンゲン族のモデルであるレイナ・ジュンホールドがサングラスを取る。素顔を晒したことによって、周りの宿泊客も彼女に気付き、野次馬ができ始める。 「行きましょうか」 「あぁ」  その状況を遠目から見る夫婦がいた。  夫はリザードマン、妻はエルフ。妻の方が一回り程年上だった。 「おそらく、相手側も夫婦や恋人、家族を装ってこのホテルに来ているはずだ」  夫がエレベーターホールに向かいながら小声で妻にそう告げた。 「分かってる。とにかくまずは部屋で体勢を整えましょう」  その夫婦がエレベーターを待っていると、受付手続きをモデルのレイナが彼らの後ろに立った。  リザードマンの夫は右耳裏の脳波通話機に手をかける。 (これは目立つな)  脳波通話を受信した妻も耳裏の機器を指で押した。 (かと言ってここでエレベーターに乗らないのもおかしいでしょう、乗りましょう)  エレベーターが到着し夫婦が乗り込むと、モデルのレイナも乗り込んだ。すると扉が閉まる直前、“乗りまーす”と言って中年ゴブリンの男女が乗り込んでくる。 「すみません…」  ゴブリンの女性…背が低くないことからおそらく別種族との混血のゴブリンであるその女性が申し訳なさそうに、先に乗っていた利用客に謝罪した。 「クーポンやらを使おうとするからだろう!いいと言っているのに!」  夫婦だろうか、男性ゴブリンがイラつきながら女性ゴブリンにそう告げる。男性の方も高い背丈から混血のゴブリンであることが分かる。  その様子を見たリザードマンとエルフの夫婦は顔を見合わせ、脳波通話を続ける。 (ハーフゴブリン…注意しましょうか。情報に無い顔よ) (分かってる、相手側のエージェントだろう。とにかく今の内に声や背丈の上方を覚えておこう)  37階に着くと、モデルのレイナがエレベーターから下りる。  ハーフゴブリンの夫婦は全く下りる気配がない。  点灯しているのは48階のボタン1つのみ。  少しでも情報を引き出したかったリザードマンがゴブリン夫婦に対して先手を打った。 「48階でよろしかったですか?」  突然の夫役の動きに女性エルフは眉間に皺を寄せる。  ハーフゴブリン夫婦は少し間を置くと、夫の方が笑顔でこう答えた。 「ありがとうございます。私達も48階なんですよ。」 「結婚記念日なんです」  ハーフゴブリンの妻もそう続いた。 「そうなんですか、てっきり今日はこのホテルでゴブリン種関連で何かがあるのかと思ってました」  ハーフゴブリン夫婦は怪訝な表情で彼の話を聞いている。 「ほら、下にスーツ姿のゴブリン種の方がたくさんいましたし、その関係者かと」 「そうでしたか!全く気づきませんでしたぞ。何という偶然!なぁ?」  夫ゴブリンは驚いた様子で妻に返答を求めた。 「そうね!もしかしたらビップが来てるのかもしれないわね!」  そんな他愛もない話をしていると48階にエレベーターが到着する。  入り口近くにいたリザードマンとエルフの夫婦は開扉ボタンを押してゴブリン夫婦に先に出るよう促した。 「どうぞお先に」  しかしゴブリン夫婦は“お構いなく”と手の平を前方に差し出し、逆に先に出るよう促す。  エレベーターを先に出てしまっては相手に背を見せてしまう上、どこの部屋かを知られてしまう。何度も譲るが、ゴブリン夫婦は笑顔のまま先に出ようとしない。しかしリザードマンも頑として先に出ない。 「いえ、そんな…」 「もういいでしょうあなた、こう仰ってくださってるのに」  女性エルフがリザードマンの腕に自身の腕を組ませて強引にエレベーター外へと出た。そしてエレベーター内に振り返ると一礼した。 「では、すみません」 「いえいえ」  夫ゴブリンもハットを取って頭を下げた。  そしてリザードマン夫婦が先を歩き、彼らが先に48015号室に辿り着いた。  先ほどのやりとりでゴブリン夫婦に怪しまれている可能性があると考えた女性エルフは本来の居室を通り過ぎた。  自分たちの居室を知られないよう、ゴブリン夫婦が部屋に入るまで歩き続けようと考えたのだ。  このホテルは廊下が一直線で曲がり角はなく、片側にしか部屋が設置されていなかった。相手が最奥の部屋をとっていない限り、やり過ごすことができる。  廊下の中間まで来たが、ゴブリン夫婦が部屋に入っていく様子は一向にない。  残り1/4まできても入る気配がないゴブリン夫婦。  リザードマン達は最悪の場合について考えを巡らせていた。  そしてついに最後の部屋まで来てしまったリザードマン達。白々しくも部屋番と鍵の番号を交互に見て“おかしいな”といった表情を浮かべている。 すると後ろを歩いていた男性ゴブリンが声をかけた。 「部屋を間違えましたか?」 「え、えぇ…鍵番号を見間違えていたようで…」 「どれどれ」  男性ゴブリンはリザードマンの手を持つと、握っていた部屋の鍵番号を確認する。 「これは…エレベーターホールの近くの部屋ですな」  そう指摘され慌てて鍵をポケットにしまった。 「長旅で疲れていたのかな…はは…」  苦し紛れの言い訳をしてリザードマン達はエレベーターホール方向へと足早に去っていった。  リザードマン達は後ろを振り向きたかったが、それを悟られれば余計に怪しまれる。グッと堪えて次の策を考えていた。  おそらくあのゴブリン夫婦は“敵”。リザードマン達は出し抜かれたのだ。  しかし、手の打ちようはある。このホテルには他のエージェントが従業員や清掃員として潜り込んでいたからだ。  自室に入ったリザードマンは小さく叫んだ。 「くそっ!!やられた!」 「あなたが事を急いてエレベーターで仕掛けたからでしょう!?」 「そっちこそ大人しく部屋に入っていればよかったのに!余計に怪しまれた!」  そのときリザードマンの脳波通話機が振動する。上からの電話だ。 『どうした!?何度も掛けていたんだぞ!』 「すみません、同じ階の一番奥の部屋のゴブリンの夫婦に対して怪しい動きをしてしまいました」 『敵か?』 「断言はできませんが、動きから見てそうかと…あちらも夫婦を装ってます」 『はぁ……とにかくもうヘマのないようにな…内偵班にそのゴブリン夫婦のことを探らせる』 「はい…すみません」  リザードマンは通話を終えると、肩を落とす。 「とにかく内偵組の情報を待とう」
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