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「洗い物やるよ。」 「いいよ、疲れてるでしょ。」 21時近くに帰宅した浩平は、洗い物を片付けはじめた私に後ろから声をかけてくれる。ううんやらせて、と腕まくりをするから、私はふきんを手に取って洗い物を拭く係にまわった。 洗剤を流しながら、彼がふああ、と大きな欠伸をこぼす。 「ごめんね疲れてるのに、ありがとう。」 「なんでごめんねなの。」 私の言葉に浩平は少し眉を下げて笑って、こっち、と私に近づくよう合図をする。 「いつもご飯作ってくれてありがとう。」 近づいた私のおでこに口づけてから、浩平はそう言って少し恥ずかしそうに笑った。そんな顔をするから私だって恥ずかしくなってしまう。そんな状況にお互い笑いがこみあげてきてしまって、「付き合いたてのカップルかよ。」とゲラゲラ笑ってしまった。洗い物を終え、お風呂に入っている浩平をリビングのソファで寝転びながら待つ。不意に、今日の三奈ちゃんとの会話がよみがえった。 『イケメンですよねえ、ほんとに。』 『誰が?』 『里紗さんの彼氏さんですよ!イケメンだし、高身長だし。営業マンなんでしたっけ?ポイント高すぎ~~。』 少し前にたまたま2人でいるところに遭遇し、その翌日の仕事の時も三奈ちゃんは大騒ぎだった。人差し指を立てて、彼女が真剣な顔で私を見る。 『あの感じ、相当筋肉あるとみました。どうですか?』 『あー。確かに、鍛えてはいるね。』 『ですよね!?シックスパックですか!?どうなんですか!?』 『そこそんなに食いつくところ?』 確かにジムにも通っていて、見た目の割にガッチリしていると思う。そういえばここ数か月で筋トレに目覚め始めたな、なんて真剣に考えてしまっていれば、三奈ちゃんがにやにやしながら私をつつく。 『どうなんですか?結婚は。』 『・・・うーん、どうだろうねえ。』 『2人で詳しく話したりもしないんですか?』 『・・・しない、ねえ。』 ふうん、と三奈ちゃんが腕を組む。里紗さんがあまりにも出来るオンナすぎるから怖気づいてるんですかね?と真剣な顔で言うから思わず笑ってしまった。彼女の思考は筋肉の話に逆戻りしたのか、ポン、と手を叩いて小声で私を手招きする。こういう思考が奔放なところも嫌いじゃない、コロコロ表情が変わって飽きないし可愛いのだ。 『脱いだらガッチリしてるって絶対エロいじゃないですか。どうなんですか、そっちの方は?』 『・・・三奈ちゃん、聞き方があまりにもおじさんすぎるよ。』 すみません、と三奈ちゃんは舌を出して笑う。 『真っ昼間からする話じゃないですね。』 『そうだよ。どうする?私が今事細かに語りだしたら。』 『いや全然午後の仕事サボって聞きますけどね、もちろん。』 『コラ。』 ふざけて小突けば三奈ちゃんは楽しそうに笑う。今度お酒飲んだ時にゆっくり聞かせてくださいねえ、なんて言うから私も曖昧に頷いておいた。 ソファに置いてあるクッションに顔をうずめて、そんな三奈ちゃんとの会話を思い出していた。頷いてしまったけど、実際私が彼女に話せる話は何もない。何もないのだ。私たちは毎日同じ布団で寝る。同じ布団で寝るし、ハグもキスもする。けれど浩平と付き合って3年、私達は一度も行為をしたことがない。私は、人生で一度も、ない。付き合ってきた人は何人かいる。でも、誰とも出来なかったのだ。ちゃんと好きなはずなのに、触れたいと思うのに、いざその雰囲気を感じ取ると気持ち悪くなってしまうのだ。何が気持ち悪いのかもわからずに、でも受け入れられない。好きな気持ちがそこに繋がらない。好きなのに、大好きなのに、大切なのに、どうしても受け付けられない。浩平も、例外ではなかった。 『ゆっくりでいいよ。』 始めてそういう雰囲気になった時、私は彼の事を突き飛ばしてしまった。申し訳なくて、苦しくて、悲しくて、悔しくて、泣いてしまった私に彼は躊躇いながらも再び手を伸ばして、そう言って優しく頭を撫でてくれた。彼は困惑していて、その手はぎこちなくて、でもずっと、私が落ち着くまで離れないでいてくれた。そんなことは初めてだった。 私は分かりづらいのだという自覚がある。「何を考えているか分からない。」そう今まで何回も言われたこともがある。人に弱い所を見られたくないし、反射的に大丈夫だと言ってしまう。甘え方が分からなくて、というか甘える自分が気持ち悪くて、会いたいの言葉も中々言えない。「里紗って本当に俺の事好きなの?」なんて言葉、何度言われたか分からない。浩平はそんな私を、広すぎる心で丸ごと抱きしめてくれるのだ。服の裾を掴むのが精いっぱいの私の手を握って、ハグをして、本当に愛おしそうに頭を撫でてくれる。本当に大好きで、大切で、でもどうしてもそこまでたどり着けない。どうして、どうして私は。夜が来ることに震えて太ももとつねる自分が、あの時の記憶が、今でも私の邪魔をする。 ネットで調べて、自分がいわゆるノンセクシャルに分類されるかもしれない事も分かった。実際に同じような気持ちを抱える人と話したこともあるが、やはり全ての気持ちに共感できる訳ではなくて、向こうもきっとそうだった。「愛と性は切り離せない。」そう語るどこかの偉い教授もいて、私は愛が何だか分からなくなってしまった。元々分からないけど、もっと。考える事にも疲れてしまって、そんな私に気づいているのか浩平は結婚の話を一度も口にしたことがない。きっと、私の気持ちや考えがまとまるのをまってくれている。そう分かっているのに、そんな浩平の優しさに甘えてしまっている自分がズルくて情けなくて、ひっそりと太ももに手が伸びた。
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