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杏菜の日記
部屋に一人になった康馬は、むしゃくしゃする気持ちを抑えられなくて頭を掻きむしる。
「何で俺ばっかり、離婚しなきゃいけないんだよ!」
ガンッと、その場にあったごみ箱を蹴る。その拍子に中身が散らばった。細かいごみを拾っている間に、自分が惨めに思えてくる。
「大体、こうしてちまちまとごみを拾っているのだってあいつが離婚したからだ。最初の離婚をしていなければ……」
一回目の離婚。それは経済的に自立できた杏菜が、恩を忘れて康馬を捨てた。そう解釈できたし、会社にもそういう意味合いで伝えた。
二回目の離婚。離婚が成立すれば、また会社に報告しないといけない。一回目は自分は被害者だと言えた。しかし、二回目は。
二回も離婚するなんて、康馬の人間性を疑われる。逆算して、一回目の離婚理由も康馬にあるのではと思われてしまう。
「あいつに、俺の人生は弄ばれている」
何でもそつなくこなすから、夢を持つまでに至らなかった康馬。そんな康馬の前に、夢に目を輝かせる杏菜が現れた。夢を追う杏菜を応援することで、康馬も充実した生活を送っていた。
それなのに、なぜ杏菜は幸せでないと思われたのか。
杏菜の日記を開く。そこには、康馬には一切語らなかった杏菜が隠していた真実が書かれていた。
――お姉ちゃんみたいに賞状を飾ってほしくて頑張ったけど、飾ってもらえなかった。やっぱり、元父親の愛情を取り戻すためだけに産まれたから……それができなかったから、お母さんは私に興味はないんだ。
――私はお姉ちゃんみたいに、出来る人間じゃない。何も資格がないし、自慢できる職業でもない。
――康馬さんが、私の夢を応援してくれるって! 私がバイト先でミスしても、大変だったねって慰めてくれた。反省なんて、一人になったらいくらでもする。それなのに、私の周囲はすぐに次はどうするのかって言ってくる。ただ慰めてほしかっただけなのに。
――康馬さんが私の夢に期待してくれている。だからすぐに結果を出したいのに、中々結果が出ない。
――早く、誰が見てもわかる結果を出さないと。じゃないと、応援してくれている康馬さんの言葉が、まるで私を責めているように感じちゃう。
――せめて、もう一つ求められているダイエットを頑張ろう。康馬さんが食べさせていないだなんて世間に誤解されないように、健康的に。
――結果が出ない。専業主婦をやらせてもらっているのに、一向に結果がでない。だから、昼間に作業をしていると言っても信じてもらえない。話したところで、結果を示せないから投稿作の発表がいつになるかなんて深掘りされない。でも、どうして聞かないのって、私からは言えない。もっと構えって言うタイプの、面倒な人間になりたくないから。
――やった。ようやく受賞できた。これで、子供のために夢を諦めたなんて暴言を吐かなくなる。ようやく、康馬さんと子供を。
――子供を育てられるか不安。子供を産むなら、一人っ子じゃない方がいい。私の子供のときと環境が違う。でも、私は自分にされたように子供への愛情に差をつけてしまうんじゃないか。そう思うと、子供を産むための行為ができない。
――受賞はできたけど、まだまだ生活費は稼げない。康馬さんから、俺がいなくなったらどうするって何度も問われる。超健康な康馬さんが言うんだ。もっとちゃんとした結果を出さないと、離婚されてしまう。
――ようやく、貯金額が増えてきた。一度自覚してしまうと子供を産むのは怖くて、ずっと営みを拒否している。だから最近は、康馬さんも私に触れなくなってきた。そう、これでいいんだ。寝るときに手を繋げなくなったのは、私の自業自得。
――毎月もらっている五万円のお小遣い。今まで世話してもらった慰謝料。慰謝料を払う方が、一般的には悪者だよね?
――体調が悪くて、病院に行った。扶養から外れていて良かった。これなら、康馬さんに病気が知られることはない。病気が、悪化する前に早く離婚しないと。離婚してすぐに死ぬと、罪悪感を抱かせてしまうかもしれない。それは、嫌だ。康馬さんには、笑っていてほしい。康馬さんの笑顔が好きだから。
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