杏菜は幸せだったのか?

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杏菜は幸せだったのか?

 会社から帰宅すると、杏菜の姉夏実(なつみ)から連絡があった。折り返し電話をすると、康馬に渡したいものがあるという。  今週末に取りに行く旨を伝え、電話を切った。 「どこかに行くの?」 「ああ。元妻のお義姉さんが、俺に何か渡したいものがあるらしい」 「わたしも一緒に行く」 「ええ? いいよ、お前には関係ない」 「それでも行く」 「そうか? それなら久々に二人で出かけるか」  みどりと再婚してから六年。再婚当初はそこそこ出かけていたが、ここ一年ほどはその機会もなかった。  久しぶりのデートだと浮かれていた康馬。それに対しぐっと爪が食い込むほど拳をにぎるみどりは、何か重大な決意をしているかのような面立ちに見えた。  週末。康馬はみどりと一緒に杏菜の実家へ行った。茶の間に通されるや否や、夏実は一冊のノートをテーブルに置く。これは何かと問う前に、夏実から質問された。 「康馬さん。杏菜は、あなたと生活して幸せだったのかしら」 「えっと……それは、どういうことでしょう?」 「葬儀に来てくれた杏菜の友人から、このノートを渡されたの。結婚するからもう杏菜の名前を語り続けられないって」 「は? 葬儀? 葬儀って、誰の」 「杏菜よ。あの子は康馬さんと離婚した年に癌で亡くなったわ」 「癌? あいつが?」 「家に戻ってきてから、すぐに入院したわ。それぐらい癌が進行していたの。それなのに、なぜあの子に治療をさせなかったの」 「治療も何も、あいつが病気だったなんて初耳で……。それに、今だって毎日ウェブに小説が上がっています。あいつが死んだなんて信じられません」  そう言う康馬に、夏実は茶の間の隣の仏間にある仏壇を見せる。そこには杏菜の母と、杏菜の写真があった。位牌も二つあり、これが盛大な悪ふざけでないかぎり、杏菜は死んでいるということになる。写真の中の杏菜は、記憶の中のものよりも痩せていた。 「杏菜が結婚すると言ったとき、母もわたしも反対したわ。だってまだ二十歳だったんだもの。でも母子家庭で母に苦労をかけたから早く自立したいって、だからあなたに杏菜を託したのに」  六年前に離婚する時、杏菜は康馬に何も悟らせなかった。 (……なんだよ、今さら。病気だったなら、そうだとはっきり言えばいいだろう。まるで俺が、治療すらさせない悪い夫だったみたいじゃないか)  精神的に拗ねつつ、常識人のように杏菜へ線香を上げようとした。 「康馬さん。あなたには杏菜を悼む気持ちよりも、労る気持ちを持ってほしかったわ。線香はいりません。この日記を持って帰って、自分の行いを反省して」  茶の間のテーブルから持ってきて渡された日記。それを受け取るや否や、康馬はみどり共々夏実に家を追い出された。  せめて線香を上げたいと訴えるが夏実は出てこず、みどりに促されて帰宅した。
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