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二度目のプロポーズ
心の整理ができた康馬は、改めて杏菜の線香を上げにいった。自分の愚かさを語り、夏実にも許してもらえた。
そして、杏菜が生きていると思い込んでいた最大の理由――ウェブ小説の更新について知らされる。杏菜が託した日記を持っていた杏菜の友人に話を聞けた。
何でも、杏菜はアカウントもパスワードも全部託したらしい。そこまで信用されている杏菜の友人に嫉妬もしたが、感謝の気持ちを伝えた。
康馬が自分の愚かさを知ってから五十四年。百歳の誕生日を迎えた翌日、康馬は天寿を全うした。
みどりは先に見送ったから、康馬が死ぬ時は老人ホームだった。最後まで一人。それでも五十四年――否、八十年もの間、康馬はたった一人を愛し続けていた。
ここが三途の川か。さすがに時間が経ちすぎているから、もう会えないだろうな。
そんな風に思いながら康馬が船で川を渡っていると、見覚えのある姿が目に入った。
まさか、そんな。
康馬は思わず目をこする。六十年前、康馬に病気を悟らせずに逝った杏菜がいた。死後に職を得て体力がついたのかと思えるほど、健康的な肉付きになっているような気がする。康馬が好きだった長い黒髪も、心なしか艶が出ているような……。
川岸で船を縄で固定している杏菜を凝視していると、康馬の視線に気づいた。杏菜と目が合う。
康馬は船から飛び降り、足をもつれさせながら駆け寄り、杏菜を力強く抱きしめた。そしてすぐに離れて謝罪する。
「わ、悪い。俺に抱きしめられるなんて嫌だよな。じいさんだし、自分のことばっかりだったし……」
慌てていると、杏菜がふふっと笑い声をこぼした。そして、死後は自分が望む姿になれるのだと説明を受ける。その瞬間、康馬も若返った。
「康馬さん。友達から聞いた。私の日記、読んだんでしょ?」
にこりと微笑む杏菜が、少し気恥ずかしそうに右手を差し出す。すぐに何を求められているかわかり、杏菜の前に膝をつく。杏菜の手を取る康馬の手は、まるで二人が出会った頃のように艶があった。
「杏菜。生涯君を愛すると誓う。欠陥ばかりの俺だけど、俺と結婚してくれないか。それでまた、髪の毛を乾かしたい」
「喜んで。またお願いね」
杏菜から返事を聞くや否や、康馬は二度と離さないように手を繋ぐ。そして輪廻転生の判断がされる裁判の列に並ぶ。
(……たとえ生まれ変わっても、俺は何度も杏菜にプロポーズする。生涯愛したい相手と、また会えたのだから)
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