宝来 瑠璃子

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■  ーー遡る事、十日前。瑠璃子の父、宝来彰が失脚した。端的に言えば事業で失敗し多大の損失が生じる。  所有する不動産や株、先祖代々引き継いだ屋敷と家財道具を手放しても返済は難しく、宝来彰は一家心中を企てたのだ。  宝来家の構成は父の彰【あきら】、長男の菫【すみれ】、そして瑠璃子の三人。母の美月は瑠璃子が幼い頃に亡くなり、彰は経済界で名を知らぬ者が居ないほどの成功をおさめ つつ、男手ひとつで子供を育てる。この子煩悩な男は追い詰められ、屋敷に火を付ける。 「瑠璃子、すまない。すまない死んでくれ」  記憶に住み着いているのか、赤く濡れた短剣を振り上げる彰が瑠璃子の脳内に蘇った。 「痛っ……」  小さく呻く瑠璃子。心中について考えようとすると決まって頭痛に襲われ、思考を中断せざる得ない。  そうこうしているうち車が停まる。運転手は無言で下車を促し、瑠璃子と言葉を交わすのを避けた。  確かに何も話さないのが利口か。結果的に心中は未遂となり、生き残った方が地獄という場合もある。同情や労りを口にした所で彼女の腹は膨れないのだから。  瑠璃子は自らドアを開けて降りたた。パンプスが柔らかい土を踏み、湿気を帯びた風がワンピースの裾へ纏わりつく。  正面に建つ【愛人屋敷】とやらは牢獄をイメージして分、凡庸に見えた。番人のいない門を潜って、季節の花が咲く庭を横目に真っ直ぐ玄関口を目指す。
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