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私は看護師
14の私が遣わされた所は、紛争地域の負傷者を収容する野戦病院であった。
思っていたよりよほど過酷な現場だ。これは父が「一日も早く帰るよう」と膳立てした結果。
ここで看護婦長を除く職員は、私の出自を知らない。甘やかされる余地もない。
もちろん構わない。私はこの熱意ゆえに、どんなところでもやっていけると自負があった。
――と意気込んでいたが、とんでもない。どんなに忙しくても、身体に疲労が溜まっても、それには耐えた。しかし負傷者の目を覆いたくなるような状況に、家に帰りたいといつも隠れてむせび泣く。そのたびに「もう帰るところはないと思え」と自分に暗示を掛けてみた。
そんな頃、とある病室の前を通りがかる。少し開いた扉が気になり閉めようと私は寄っていった。その前に、ふっと中を覗いてしまったのだ。
「きゃっ……」
私は驚き、後退りする。そこで一瞬、目に映ったのは、金色の髪の、鋭い目つきの、碧色した瞳の虎……、手負いの虎であった。いや、断定することではない。そこに獣など存在するわけないのだから。
ただ今にも噛みついてきそうな眼光で睨まれたので、私の脳裏にそう映ってしまったのだ。きっと戦場から運ばれた負傷者であったのだろうが……。私はそれから二度と開いた扉を覗かないようにしていた。
そこに派遣され三月が過ぎ、仕事にもなんとか慣れたという頃、看護婦長に私は呼ばれた。
「特別室の患者様、ですか?」
「ええ、あなたに任せるわ」
特別に個室を与えられているクラスの方なら少尉以上か。身分がどうあれ、一患者には変わりない。ただ心を尽くすのみ、だが。
「私はまだ若輩者ですが……」
なぜわざわざ私のところにそんな仕事が回って来るのか。
「正直に話すと……もはや誰一人としてそこに入室したがらないのよ」
「えっ。どうしてでしょう」
「そこのお方、ご身分は伏せるけれど、いい御家の方で、気難しいのよね」
気難しい、で済む話ではないのだろう。
「正直におっしゃってください。暴力がおありなのですか?」
「いえ。ただ叫ばれたり、物を投げられたり……。彼はここに運ばれてきてからも絶望と戦っているようね。心の持ってゆき場がないのよ。まだお若い方だし」
「絶望……どうして」
この病院には、運ばれても治療の甲斐なく、命の灯消えゆく患者、死ぬに死ねずもがき苦しみ、挙句に死神の迎えの来る患者も多い。
「彼はね……」
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