たこ焼き

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「練習や」  そう言ってハルが出してきたのは冷凍たこ焼きだ。コンビニで買える六個入りのもので、なぜか自信満々に見せつけている。 「俺達は来年大阪に行くだろ?」 「せやな」 「当然たこ焼きも食べるわけだ」 「そうなん?」 「そのためには練習しとかないとな!」  十二月のとある日曜日、俺はハルの家に来ていた。この頃はネタ合わせのために互いの家に行き来していたのだが、基本的にハルの家に行くことが多かったのだ。  ハルの家は両親が共働きで忙しく、ほとんど家にいない。一人っ子なので他を気にする必要もないと、かなり自由に振る舞っているらしい。  具体的に言うと、ガツ盛りとハイパーカップこってり豚骨を混ぜて食べているようだ。カップラーメンで魔改造すな。  その日は午後からハルの家にお邪魔していた。ネタ合わせも一段落し小腹がすいてきた頃、ハルは一人部屋を出ていき、冷凍たこ焼きを手に戻ってきた。  そしてドヤ顔で説明を始めたわけである。どうりでずっと「今日はサプライズがあるぜ」と言わんばかりのニヤニヤ笑いを浮かべていたわけだ。わかりやすすぎる。  俺は座ってベッドに背を預けたまま、冷凍たこ焼きとハルを見上げた。 「練習って何すんねん」 「そりゃたこ焼きを食べる練習だよ。大阪で恥かかないためにな」 「誰もそんな他人のたこ焼きの食い方なんか気にしとらんわ」  否定する俺にハルはしゃがみ込み、そのままの体勢で近付いてくる。たこ焼きの袋を顔の位置まで掲げ、前に突き出しながら言った。 「それはお前がプロだから言えるんだよ! こっちは生まれてこの方食ったことないんだぞ!」 「プロちゃうわ」  しかし食べたことがないとは驚いた。うちでは昔から母がよく買ってきてくれていたし、今でも家にたこ焼き器はある。時折夜ご飯に食べることもしばしばあった。  そのことを話すと、ハルはキラキラした目を向けてきた。 「マジであるんだ。それって都市伝説じゃなかったんだな!」 「誰が出所不明のバケモンや」  口裂け女やトイレの花子さんと同列に語るな。  何にせよ、今からたこ焼きを食べることは決定事項のようだ。まぁご馳走してくれるならありがたく食べよう。  解凍してくると再び部屋を出ていったハルを見送る。先に解凍してきたやつを持って来ればよかった気がしたが、早く見せたかったのかもしれない。  本棚にあった漫画を読んでいると、ちょうどいいところでハルが戻ってきた。「お待たせ!」とテーマパーク並みのテンションで叫んでいる。 「お待ちかねのたこ焼きだ! 食うぞ今食うぞすぐ食うぞ」 「ちょい待ち。今ええとこやねん」  ぶーぶー文句を垂れるハルがうるさかったので早々に切り上げ、ローテーブルに載せられたたこ焼きを見る。ソースにマヨネーズ、申し訳程度のかつお節。まぁ冷凍なのでこんなもんだろうが、普段とのギャップがすごい。 「じゃあ手本をどうぞ!」 「んなもんないわ」  言いながら、差し出された爪楊枝を受け取る。とりあえずいつものように割ってみると、たいした湯気も出ずあっさりと割れた。ぷつんと刺したタコは小さく食べごたえはなさそうだが、これはうちでも多々あることだ。というかたこ焼きはタコより生地メインで食べてるところはある。  なんとなく先にタコを食べてから生地の方も食べた。落ちそうになりながら、一本の爪楊枝でなんとか口に運ぶ。うん、普通に美味いな。もそもそ味わっていると、なぜかハルがネタ帳に書き込んでいた。 「なるほど、本場ではそうやって食べるんだな」 「書くな書くな。タコ先に食うんはたぶん邪道や」  ただ一度割って熱を逃がすのはわりとよくやる手だと話すと、これまた大袈裟に感心したような目を向けてきた。  そんなに素直に驚かれるとこちらも調子に乗ってしまって、ついつい舌が回ってしまう。 「あと店やったら爪楊枝は二本以上渡されること多いな。竹串とか箸んとこもあるけど」 「一本で運ばないのか?」 「まぁできんことはないけど食べにくいやろ。ちゅーか祭りの屋台とかで食ったことないんか?」 「あー、ないな。あんまそういうの食べるの許してくれなかったから」  自然な流れで出てきた言葉に一瞬反応が遅れる。  度々思うことがあるのだが、ハルの両親はもしかしたら厳しい人達なのかもしれない。そもそも住んでる家からしていいとこの子なのは顕著だ。  壁の白い二階建ての家は大きく、庭だってある。ハルの自室も広くて、うちとは大違いだ。こっちはマンション住まいだし、一応妹とは部屋がわかれているがかなり狭い。  仕事が忙しいわりには家はいつも片付いているので、家政婦でも雇っているのかもしれない。  そのくせカップラーメンなどのインスタント食品を好むのは、ハル曰く反動だと言っていた。昔はあまり食べさせてもらえなかったからだと。 「前から思うてたけどけっこう厳しいよな」 「そぉか? まぁそぉかもな」  何でもないことのように聞くと、ハルもまた何でもないことのように答えた。自分から聞いておいてその態度にホッとする。  ハルは教えた通り爪楊枝をもう一本持ってくるかと思ったが、部屋を出ることはせず一本でたこ焼きをぷっつりと刺した。 「あんまりお笑い番組とかも見せてもらえなかったし」 「は? やったら観たんは最近か?」 「いや、昔はばあちゃん家に預けられることが多かったから、わりとよく見てたよ。じいちゃんがお笑い好きでさ」  言いながら、思い出に浸るように一度刺した爪楊枝を抜いては刺した。行儀が悪いと嗜める間もなく、ハルの話は続いていく。その顔がどこか寂しそうに見えたのも、口を出せない理由だった。 「漫才もだけど落語が好きで、俺もしょっちゅう聞かせられたよ。あんまりわかんなかったけど」 「落語は俺もあんま聞いたことないな」 「だろ? でも漫才観てたら観てたで、最近の漫才は何言ってるかわからんってよく怒ってた。ベテランが出たときはめちゃくちゃ真面目に見てたけど」  ハルの顔が綻ぶ。祖父との思い出を懐かしんでいるのだろう。 「青蔵紅蔵(せいぞうこうぞう)師匠とか?」 「そうそう。あの人ら面白いよな」  ベテラン中のベテラン漫才師だ。一昨年まではTOP OF MANZAIの審査員も務めていた。 「すげぇよな。四十年以上人を笑わせ続けるって、どんな気持ちなんだろ」  視線だけはたこ焼きに落ちていたが、あのときのハルはもっと遠くの方を見ている気がする。 「ああでも、神尾風(かみおかぜ)。あいつらは面白いってじいちゃんも言ってたな」 「ベテランやろ」 「じいちゃんにとっては若手だったんだよ」  TOP OF MANZAIの審査員の一人が若手らしい。まぁ他の面子に比べれば若いのかもしれないが、いまいちピンとこなかった。 「じいちゃんいっつも怖い顔だったけど、漫才とか落語観てるときだけは笑ってるからさ。だからお笑い番組が好きだったんだ」  ハルはようやく食べる気になったのか、穴だらけのたこ焼きを持ち上げて口へと運んだ。さすがに冷めてきたのかそのまま味わっている。やがて重々しい顔で口を開いた。 「火傷した」 「いや猫舌か」
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