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たこ焼き
ハルとの約束を果たそうとか、あいつの分まで楽しもうとか、そんな特別な理由を胸に大阪に来たつもりではない。
けれど心の奥底では、ハルはいつも俺の隣にいた。
俺はハルを弔うために、あるいは忘れるために、前に進むために、ここに来ている。
たぶん自分はそんな風に思っていたし、今でも思っている。母が勧めた理由も、止まった俺の時間を動かすためだったのだろう。
亡き相方との約束を果たすために大阪に訪れ、一緒に観るはずだった漫才を見る。
頭の片隅で思い描いたストーリーがあまりに独りよがりで、俺はすぐに拒絶した。
自分に酔うために、ハルの死を舞台の材料にしている気がしてならなかったからだ。そのくせあいつの面影を追い求めてのこのこと大阪に来ている。何もかも中途半端で優柔不断。
だから今もここにいる。
「人多いな……」
目的地には、ネットカフェから歩いて五分足らずで辿り着いた。
両側に店が立ち並ぶ商店街の一角に、並々ならぬ存在感を放つ建物がある。そのすぐ近くに、今回の目的である『二鳥漫才劇場』はあった。
大阪人には馴染みの深い笑話劇は、存在感のある建物こと、『坂口一石ホール』で公演されている。『二鳥漫才劇場』と併せてこのエリアは『一石二鳥』と呼ばれていた。
そのせいか、『一石二鳥』という建物が一つだけあると勘違いしている人も多い。
一石ホールと二鳥漫才劇場は別物だ。
一石ホールでは基本的に笑話劇と漫才のセット公演をしており、笑話劇に関してはテレビでも放映されている。
対して二鳥漫才劇場はその名の通り漫才がメインだ。土日限定で若手中心の『笑話劇・改』という公演もしている。
これらの情報は、夏休みの計画を立てているときにハルに教えられたことだった。
先ほど偉そうに言ったが、俺自身、建物が一つだけと勘違いしていたのだ。ハルに「行ったことあるんだろ」と責められたのは苦い思い出である。
確かに行ったことはあるが、当時は小三くらいだったと思う。
朧気な記憶の中にしか存在しなかった建物は見応えがあったし気にもなったが、俺は今二鳥漫才劇場の方に来ていた。
駒井さんに偉そうなことを言っておきながら、俺はチケットを調べてはいない。
さすがに人気の高い笑話劇の方は当日券を期待できなかったので、二鳥漫才劇場目当てに、運任せにここに来た。そして結局、当日券は手に入った。
ハルとは両方行く話になっていた。この時点で約束通りにはなっていないと気付いたが、そんなことを気にする必要はないのだと思い直す。
そうだ、俺はただ、自分が観たいからここに来ただけだ。お笑いが好きだから、ここにいる。
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