25人が本棚に入れています
本棚に追加
19年前
「おっ、ケイト。元気にしてたか?」
本家の縁側で、スイカを囓っていると、突然背後から髪の毛をグシャッと撫で回された。両手が赤い汁でベトベトだから直すことも出来なくて、僕は軽く睨みつける。
「もうっ! ケイトって呼ぶなよっ!」
夏休み――お盆が近づいて、本家の貴人伯父さんの長男、武人兄ちゃんが、東京から帰ってきた。今春大学生になった従兄は、いつまで経っても僕を“圭人”ではなく幼い頃の愛称で揶揄う。僕ももう11歳だ。女の子みたいな呼び方は嫌なのに。
「あはは、手洗ってこいよ。お土産買ってきたんだ」
「ホント? やったぁ!」
僕はスイカの残りを急いで食べて、台所で掌を洗うと従兄の元に引き返した。
「ええと、これは皆に……」
大きな旅行鞄から出てきたのは、バナナが描かれた黄色いお菓子の箱と、茶色い小鳥の写真がついた箱。
「アンタ、これ……ド定番ねぇ」
冷たい麦茶が入ったコップをちゃぶ台に置くと、伯母さんは呆れたようにお土産の箱を手に取った。
「や、東京土産なんてよく分かんねーしさ」
「いやねぇ、男の子は」
それでも伯母さんは、バリバリと包装紙を開いている。武兄は鞄の奥に手を差し込んで、なにかを取り出した。
「ほら、ヨシ」
「わぁ、ありが、と……?」
ズシリと重い。期待して開いた掌の中には、親指くらいの東京タワーのミニチュアが立っていた。しかも紅白ではなく金ピカで、てっぺんから鎖が伸びてキーホルダーになっている。
「格好いいだろ。ランドセルに着けたら、モテるぞぅ!」
「そんなわけないだろっ」
キーホルダーひとつでモテるなら苦労はしない。武兄のニタニタ笑いに、また揶揄われているのだと分かっているけれど――実際、本物を見たことのない僕には物珍しくて、しげしげと眺めた。
「よっちゃん。悪いけど、叔父さんのところに持っていってくれる?」
いつの間にか伯母さんは、武兄のお土産のお菓子を並べた小皿と、麦茶の入ったグラスを乗せたお盆を用意していた。
縁側の下に置いたサンダルを突っ掛けて、足元に気をつけながら、母屋から離れた建物に運ぶ。
「伯人叔父さーん、開けてー」
両手が塞がっているので声をかければ、程なくガタガタと人の気配が近づいてきた。
「圭人、来ていたのか」
「うん。武人兄ちゃんが帰ってきて、これ、東京のお土産だって」
「そうか、すまないね」
角張中学校を退職した後、叔父さんはしばらく隣町の大きな病院に入院した。やがて身体の不調の原因が精神の不調にあると診断されると、本家に戻された。以来、この離れで独り、絵を描きながら療養生活を送っている。叔父さんが母屋に顔を出すことはない。子どもの僕には、叔父さんの病気がどんなものなのか分からないけれど、顔を合わせる時はいつも優しくて穏やかな“昔のままの叔父さん”だ。
母屋に戻ると、パートを終えた母が来ていて、伯母さんと2人で台所に立っていた。父と伯父さんが仕事から帰ったら、いつもより豪勢な夕食で武兄の帰省祝を始めるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!