25人が本棚に入れています
本棚に追加
17年前
東京タワーを付けたランドセルを卒業して、僕は角張中学校に進学した。僕は母と2人で入学式に出席した。慣れない手付きで母が僕の晴れ姿を撮していると、他の入学生の親が僕達母子を桜木の下に並ばせて、パチリと撮してくれた。
父がその場に居なかったのには、理由がある。実は、昨年の正月、両親は大喧嘩をやらかしたのだ。母が本家に行くことを頑なに拒み、その態度に父が激怒して……結局、僕は父と2人で本家に行った。その頃から両親の間には溝が生まれていて……昨年の秋、父は県外に転勤になり、単身赴任を選択した。
母は、僕が本家に行くことも嫌そうにしていたから、武兄の帰省を口実に出来る盆と正月だけ、敷居を跨いだ。母が本家に足を向けることは、二度となかった。
「なぁ、箕尾って、“あの箕尾”の親戚?」
角張中学校には、僕が通っていた角張東小学校と、隣の学区の角張西小学校の児童が進学してくる。入学式から数日後の昼休み、西小卒の同級生が3人、僕の机を囲むように並んだ。
「“あの箕尾”って、なに?」
「この学校にあるだろ、あいつの……アレがさぁ」
「なぁ?」
「ひひひっ」
聞き返すと、彼らはニタニタと顔を見合わせ、肘でつつき合っている。
「なんのこと? はっきり言えよ」
その態度に苛ついて語気を強くすると、嫌らしい笑顔が引っ込んで、呆れたような眼差しに変わった。
「え、もしかして、お前知らないの?」
「この学校にさぁ、ヤバい絵があるんだよ」
「生徒にやらしいことして描いたって、噂じゃん」
伯人叔父さんのことだ。叔父さんとあの絵をバカにしている……!
理解した瞬間、頭にカッと血が上って――僕は正面の1人に向けて勢いよく机を倒すと、慌てて身を避ける右側の1人に向かって殴りかかっていた。
「わあっ、ケンカだっ」
「止めろよ!」
「いいぞ、やれー!」
「誰か、先生呼んできてっ!!」
不意を突いたけど多勢に無勢――しかもケンカ慣れしていない僕が勝てるはずはなかった。
当事者4人は保健室で手当てを受けたあと、1人ずつ別の教室で事情聴取された。僕は『バカにされたから』とだけ答え、叔父さんの不名誉な噂には、頑なに口をつぐんだ。学校側は、周りの生徒達の証言から、先に3人が僕に絡んできたことを把握していたようで、暴力に訴えた点だけを叱責した。その日は教室に戻らず、校長室で母が迎えに来るのを待たされた。パート先から急いで駆けつけた母は、理由を訊く前に僕の頰を叩き、なんどもなんども頭を下げた。叔父をバカにされたことも、叩かれた頰も、母の涙も、全てが理不尽にいつまでも痛んだ。
翌日、担任教師が朝のHRで、僕達4人を黒板の前に立たせて、無理矢理仲直りさせた。そんなことで本当に関係が修復されるはずもなく、僕は他の西小出身者からも明確に避けられるようになった。
最初のコメントを投稿しよう!