17年前

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「……先生、この学校に、叔父の絵があるって聞いたんですけど」  1週間考え抜いた挙げ句、日直の日誌を職員室に持って行った折、担任に訊ねた。 「うん? ああ、箕尾先生の絵か。応接室に飾ってあるぞ」 「応接室……」  どうりで校舎のどこにも見当たらないはずだ。 「見るか?」 「いいんですか?」 「ちょっと待ってろ。――五島(ごとう)先生、これから来客の予定はありませんよね?」  ホワイトボード近くにいた先生と言葉を交わすと、担任は戻ってきた。 「箕尾、こっちだ」 「はいっ」  手招かれて、急いで後を追う。職員室、教頭室、校長室と廊下を進み、1番奥に応接室の表札があった。 「30分で足りるか?」 「はい、ありがとうございます」  担任はドアを開錠して、照明のスイッチを押すと、職員室に戻っていった。  応接室に足を踏み入れる。教室より白っぽい照明が少し眩しい。革張りのソファーをグルリと回ると――。 「あ、ああ……!」  感嘆するも、言葉が続かない。柔らかな西日が差し込む教室の片隅で、夏服を着た少年が半身を捻り、こちらを振り返っている。あの日、体育館の壇上で見かけたままの立派な額装に収まり、額の下辺中央には『寄贈・箕尾伯人(作)』と刻印された小さなプレートが付いている。  美しい人物だ。色素の薄い髪、白い肌は滑らかで、切れ長の瞳が憂いを帯びている。中学生らしからぬ大人びた表情は、少年にも青年にも見えて、目が離せない。釘付けにされたまま――呼吸する度に、腹の底がざわつき、鼓動が走り出す。 「柳井、昴……」  彼の裸体画が何枚もある。それは、どれ程幻想的で、艶めかしい光景だろう。なにも知らずに出会してしまったならば、度肝を、いや魂すら抜かれてしまいそうだ。  こんな凄い絵、  ――なのに、バカにするなんて許せない。  ――だから、噂が囁かれるのも無理はない。  相反する感想が同時に噴き出して、そのどちらにも同意してしまう。 「悪い、遅くなった。箕尾?」  足音にもノックにも気づかなかった。突然現れた担任に、飛び上がるほど驚いて……時間の経過の速さにも驚いた。僕は、叔父の絵の前に小一時間立ち尽くしていたらしい。窓の外は既に暗くなり始めていて、慌てて帰宅した。
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