25人が本棚に入れています
本棚に追加
「おぅ、ヨシ、久しぶり!」
武兄が帰省してきた夏、本家には僕だけがお邪魔した。父は単身赴任先の仕事が片付かず、母は言うまでもない。伯父夫婦も、分家の事情を知ってか知らずか、その辺りにはなにも触れず、年に2回だけやって来る甥っ子を温かく受け入れてくれた。
少し前に20歳を迎えた武兄は、夕食のとき、伯父さんとビールを飲んだ。東京の大学では、サークルとかバイトを通じて色んな人との繋がりが出来、週に1度はお酒を飲む機会があるらしい。
「そういえばさ、すげぇニュースがあるんだ」
伯父さんがトイレに立った隙に、武兄は僕の肩をグイッと掴み、縁側に引き寄せた。
「俺、ホテルで酒とか料理を運ぶバイトをしてるんだけどさぁ、この前、披露宴の新郎の名前を見て驚いたよ」
そこで勿体付けるように、僕の顔を覗き込む。
「アイツだった――柳井昴」
「ええっ!」
僕の反応に満足したのか、従兄は大きく頷いた。
「アイツも22だから、さぞや老けたかと思ったけどな……まるであの絵から抜け出したまんまでさ、ヤバかった」
なにがどう“ヤバい”のか、なんとなく僕にも伝わった。
「こっちにゃ、彼女もいないってのによぉ。あの柳井昴が結婚だぜぇ……」
武兄は酔っていた。僕に絡みついたまま目を閉じ、ブツブツと繰り返す。
「ちょっ、武兄、重いって」
「あらあら。ごめんね、よっちゃん。ほら、起きなさい!」
ギョッとした。すぐ背後に伯母さんがいたことに気づかなかった。彼女は、軽く寝息を立てる息子を力尽くで引き剥がすと、僕に苦笑いを向けた。目は笑っていなかった。
もう遅いからと、僕はお暇した。きっと、伯母さんには武兄の“ニュース”が聞こえていたはずだ。
嫌な予感しかなかった。上手く言葉では説明出来ないけれど、とにかく胸一杯に不安が膨れ上がっていた。そして、そういう予感は得てして当たるのだ。
本家が炎に包まれて、叔父さんと武兄が亡くなったのは、2日後の早朝だった。出火元は離れだった。
「あたしが……あたしが、言わなければ……!」
葬儀の読経の途中で、伯母さんは突然泣き喚いた。伯父さんと父が慌てて取り押さえ、葬儀場の別室に連れて行ったけれど、狂ったような悲鳴が上がり、読経との不協和音に居たたまれなくなった。
程なく“ある噂”が村を駆け巡った。義弟の才能を妬んだ伯母さんが、彼と教え子との不道徳な性的関係を仄めかしていたこと。更に、柳井昴の結婚話を義弟に教えたせいで、彼が焼身自殺を図ったこと――真偽不明ながら、田舎特有の伝播力でその噂は広がった。
両親が離婚したのは間もなくで、僕は母に連れられて角張村を出た。それ切り、箕尾一族との交流も途絶えていた。
最初のコメントを投稿しよう!