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肖像画
譲渡可能品は体育館に集められ、基本的に早い者勝ちだった。30人程が既に入場していたけれど、人気は棚などの収納や顕微鏡などの高額な物に集中していた。
絵画は、数点が壇下に立て掛けられている。自然と早くなる歩調を止められない。
「あった……!」
叔父の絵は記憶と寸分違わず、画面の中の“柳井昴”は変わらず妖艶だ。僕は感動に震えながら、色褪せた額縁に手を伸ばす。
「あのっ、その絵……」
「え?」
間抜けな返事をしてしまった。後ろを見ると――。
「柳井昴?」
まるで画面から抜け出してきたとしか思えない青年が、微かに頰を染めて立っている。いや、絵画の容貌より少し年上か。
「昴は、俺の父です」
「ええっ……」
「俺は、柳井翼といいます。その絵、亡くなった父がいつも話してくれた箕尾先生の作品なんです。あなたが先で、権利があるのは分かっていますが……どうか譲ってもらえませんか。お願いします!」
美しい彼が眉間にしわを寄せて、頭を下げた。彼の言葉には、幾つも確認したい情報が含まれていたけれど、そんなものを素っ飛ばして――僕は胸の奥に生まれた熱い塊に従うことを決めた。
「条件があります。僕は箕尾圭人、この絵の作者の甥で、中学校で美術教師をしています。僕に、あなたの肖像画を描かせていただけませんか」
「そんなことで、いいんですか?」
顔を上げた青年は、戸惑いの表情を浮かべる。ああ、僕を映す瞳も、なんて綺麗なんだろう。
「ええ。まずは、お茶でもどうでしょう……多分、互いに聞きたい話が沢山あるはずですから」
彼の頰が緩み、左側にだけ小さな窪みが出来た。
【了】
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