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春。それは出会いの季節。
「……よし!」
川崎純一は鏡の前でネクタイを締め、気合いを入れた。
我ながらいい感じに制服が似合っている。眼鏡からコンタクトに替えたし、髪もセットしたし、準備は万端だ。
「行ってきます!」
純一は家を出る。
今日から高校生。中学までの自分とガラリとイメージを変えて、楽しい高校生活を送るんだ、とウキウキしながら歩く。
(あー、やっぱりいつもと景色が違うなぁ)
ウキウキしていると世界も綺麗に見える。春って素晴らしい。
「おはよう純一君」
「あ、エリカちゃんに哲朗、おはよう。素晴らしい朝だね」
「え? あ、うん……」
登校途中で幼なじみの村田エリカと小野田哲朗に会う。2人も今日から高校生だ。3人とも違う学校で、それぞれが今日は入学式だ。
「おい、ニヤニヤしながら歩くの止めろ。気持ち悪い」
明らかに浮かれている純一に釘を刺す哲朗は、純一の見た目の変化には関心が無いようだ。エリカも何も言ってこないので、純一から話してみる。
「エリカちゃん、制服似合ってるね」
そう言って、純一は自分のジャケットの襟をわざとらしく正す。
「あ、ありがとう。純一君も……似合ってるよ?」
「エリカ、本当の事を言ってやらないと、本人の為にならないぞ。とりあえず、その髪型やめろ」
「ぅわ! 何すんだよ!」
哲朗はいきなり純一の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。せっかくセットした髪型が台無しになり、純一は怒った。それに対して、哲朗は笑う。
「制服が大きめだし、七三分けにしたら七五三感満載なんだけど」
「失礼な! せっかく時間かけてセットしたのに!」
「はいはい」
哲朗はまともに取り合わず、適当に返事をしている。
「もー、てっちゃんったら、もうちょっと優しくしてあげてよ」
エリカは純一の髪型をササッと整えて、先を歩く哲朗を追いかけた。
純一は思う、どうしてこんな性格の良いエリカが、哲朗なんかと付き合っているのかと。
(俺にもう少し身長があればなぁ)
純一は2人を追いかける。背が伸びる前提で、文字通り背伸びして買ってもらった制服が、ダボダボして鬱陶しい。
電車通学の3人は駅に着くと、エリカと哲朗は違う路線のホームへと向かう。
「じゃあな……新しい友達、できると良いな」
「うん。哲朗も、式中寝るなよ?」
階段下で純一は哲朗と拳をトン、と合わせる。なんだかんだ言って、純一の事を心配してくれているのが、照れくさくてくすぐったい。
2人と別れた後、純一はまたワクワクしながら歩き出した。純一と同じ中学の人はいないけれど、その不安より、どんな生活になるだろう、と楽しみの方が大きい。
(部活に入って、友達とワイワイして……彼女もできちゃったりして)
登校中、そんな妄想をしながら歩いていると、自然と足取りも軽くなる。
ルンルン気分で登校すると、あっという間に学校に着いた。ここが新生活の場だ、と再び気合いを入れると、校門から足を踏み入れる。
校門から校舎までの道に、部活の勧誘に来ている先輩が並んで「入学おめでとうございます!」と挨拶をしてくれる。そこで、やっと高校生になったんだ、と実感がわいた。
入学式とあって辺りは賑やかだ。親と来ている人も多いが、この中の女子の誰かが、自分の彼女になってくれるんだろう、とワクワクした。
(あ、あの子可愛い。あの子も)
足を進めながら見ていると、部活の勧誘されている女生徒に目がいく。 やはり可愛い子は目を付けられるのも早く、色んなお誘いがあるようだ。
(……あれ?)
もう校舎に着いた。みんな、何かしらの部活の勧誘チラシを持っているのに、純一は1枚も渡されていない。
(ちょっと待て、俺、一度も声掛けられなかった!)
振り返るが、今更戻って声を掛けられる為にもう一度通るのは恥ずかしい。なんだか悔しいけれど、そのまま進むしかない。
昇降口付近にクラス分けのボードがあるのでそれを確認し、中へ入った。純一は一組だ。
(幸先悪い感じするけど、これからこれから!)
またまた自分に気合いを入れて、教室へ向かった。
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