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「純一」  昼休み、司に呼ばれて純一は振り返る。 「なに? ……っ」  司は軽く純一の唇にキスをした。ごく軽い触れ合いだったが、純一を照れさせるのには充分だった。 「何するんだよっ」  純一は唇を拭う。司はいつも通り無表情で、真面目に答える。 「何って、キス」 「そういう意味じゃなくて」 「ずるいなぁ」  不意に後ろから声がして見ると、湊がニコニコしている。 「俺もキスしたい」  湊が真っ直ぐ純一に近付いて来たかと思ったら、また軽くキスされた。どういう訳か、身体が思うように動かず、また逃げる事さえできなかった。 「ねぇ、司なんてやめて俺にしなよ」 「え?」  いつもの湊らしくない事を言われる。すると、反対側から司がピタリとくっついてきた。 「何を言っている、純一と付き合うのは俺だ」 「ちょっと待て、二人とも何を言い出すんだ?」 「ねぇ純一、どっちと付き合うの?」  二人に挟まれるようになった純一は、彼らに押し潰されそうになって、苦しくて叫ぶ。 「分かった! ちゃんと考えるから止めろ!」  そう言って、自分の声で目覚めた。 (ん? 目が覚めたって事は、夢だったのか?)  心臓の音がうるさくて周りの音がよく聞こえない。意識がぼんやりとしているけど、遠くでチャイムが聞こえているのが分かった。 「純一? お昼だよ?」  お弁当を持った湊が、純一の所へやって来る。どうやら授業中に眠ってしまっていたらしい。 「……夢で良かった」  心底ホッとして、水筒を持って立ち上がった。昨日の、司が純一の唇を舐めた事件のせいで、こんな夢を見たのかもしれない。  そんな事を考えていたら、昨日の司の舌の感触を思い出しかけて頭を振る。あれは金輪際、一生、思い出さないようにしよう。 「夢? 悪い夢でも見たの?」 「うん。お前らに押し潰されて、圧死しそうになる夢」  夢の中で二人に迫られていたという事は話さず、純一たちは司のクラスの前に行く。彼は既に廊下に出ていて、三人でいつもの教科棟へ向かった。 「今日は俺、ここで食うから。お前らこっちに来るなよ?」  いつもの場所に着くと、純一は階段の最上段に座る。 「どうしてだ?」  司が珍しく不思議そうに湊に聞いている。湊は、純一がさっき見た夢の事を司に話した。 「じゃあこれ」  司は素直に純一に弁当箱だけ渡し、元の位置に座る。湊も司の隣に座り、弁当箱を開け始めた。  少し寂しく感じたが、純一も弁当箱を開ける。司お手製の弁当は、きょうは洋食風だ。 (毎日毎日、結構手が込んでて美味いんだけど、お礼とか食費とか渡そうとしても絶対受け取らないしな)  司が言うには、食べてもらうまでが趣味だから、自分の趣味に付き合ってもらっている、らしい。  頭が良くて、そこそこ顔も良くて、趣味は読書と料理。 (だけど無口無表情で、突拍子もない事をするし)  そう思ったところで、またあのキス事件を思い出しそうになって、お弁当をかきこんだ。  食べ終わってお茶でひと息ついていると、湊が笑っている声がする。純一には聞こえない声で、司と話しているようだ。 「……」  あの二人が何を話しているのか、ものすごく気になる。けれど、今日はあそこに行かないと決めているのだ、ここで折れてはいけない。 (……だめだ! やっぱり気になる!)  純一の意思は豆腐より柔らかかった。階段を降りて、自ら二人の間に座る。 「やっぱり来たね」  湊が笑っている。 「だって、やっぱり一人は寂しいし……何を話しているのか気になるし」  いつも一緒にいる二人が、自分抜きで何を話すのだろうと思ったら、いてもたってもいられない。 「何を話してたかって? 純一の事だよ」 「俺?」 「そう。司はいつも本を読んでいるけど、読んでるフリをしている事もあるよねって」  湊はそう言う。純一にはそれが自分と何の関係があるのか、分からなかった。 「フリって……何でわざわざそんな事してるんだよ」  司に聞くと、彼は弁当箱をしまいながら言う。 「わざとしている訳じゃない。湊が純一をからかったり、純一が可愛くて集中力に欠ける時があると言っただけだ」 「ね? そう考えると、彼が俺らといる時は、全然本を読めていないって事。じゃあ読まなきゃいいのにって言ったら、ずっと純一を見つめていても良いのか? って」  湊はそれで笑ったらしい。湊が司をムッツリと言っていたのは、それを見抜いていたからのようだ。  純一は、ずっと司に見られていた事に今更ながら気付き、恥ずかしくなる。 「いくら可愛いと言っても足りないくらいだが、さすがに度が過ぎて呆れられるのは俺でも分かる」  いつも純一の意志を無視して直球を投げてくる司だったけど、普段からすごく抑えていたんだな、と思うと、呑気に過ごしていた自分が申し訳なく思ってしまうと同時に、恥ずかしくて聞いた事を後悔した。 「……何で俺?」 「何でって……ねぇ?」  どうして自分なんだろう? と疑問に思って聞くと、湊は司と顔を見合わせた。 「初めは一目惚れだった。純一は可愛いし、他の奴にとられる前にと思った」 「や、だから、俺男だし……」 「関係あるのか? 誰しも同性に憧れる所はあるだろう。だからみんな、同性愛の要素は持っている」  司はこんな内容でも、冷静に話している。だから余計に真剣味が増して、純一がいたたまれなくなっていくのだ。 (いや、ここで誤魔化したり逃げたりしたら変わらないままだ)  どうしてもこの手の話をこの二人とするのは苦手だけど、話を進めないと純一が困るだけだ。 「な、なぁ……俺、ちゃんとお前らの事考えるよ。だから、二人共振られたからって、友達やめるとか言うなよ?」  何より友達を失うのが嫌なのは純一なのだ、それもあって考えたくなかったけれど、そうもいかない。 「もちろん。好きになって貰えるように頑張るけど」  湊は微笑む。その顔は男の純一でもかっこいいと思うのだ、男と付き合わないというのは、純一の思い込みなのかもしれない。それも含めて答えを出すつもりだ。 「時間はかかるかもしれないけど、きちんと答えを出すから。待っててくれるか?」  純一の言葉に、二人は頷いた。
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