Ⅱ  昭和六十三年十一月② 夕刊配達の後

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 新聞販売業界は、固定読者へのサービスが良いと言えない。三ヶ月、半年、一年といった契約が存在する読者には、更新してもらう「縛り」の際に洗剤をわたすこともできる。拡張強化月間に、携帯型液晶テレビといった最新電化製品までお目見えする豪華景品は、原則として新規勧誘の読者にしかわたせない。リクルート事件の関連記事が紙面を賑わすたびに、一郎は思う。官民の違いこそあるが、報道している新聞の販売業界にも、賄賂は半ば公然と横行しているではないか。気持ちだけでも平等なサービスを心がけたく、集金時に古新聞を入れる紙パックや「家庭版」の冊子に加え、多くの読者にタオルを三ヶ月ごとにわたしている。  プロ野球やサッカーリーグの観戦、映画や美術展の鑑賞、観劇といった無料招待券を欲する読者は決まっており、計二十軒ほど。三、四ヶ月ごとに、原則二枚一組で配る。他の読者にも探りを入れねばならない。主婦のネットワークは侮れないのだ。指定日の前にうっかり集金に行ってしまった際に、誰々さんには遊園地の券をあげているのに、うちにはどうしてくれないのかと、それまで何の要望も口にしなかった奥様からお叱りを受けたことは、記憶に新しい。
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