Ⅰ  昭和六十三年十一月① 朝刊紙受け

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 輸送トラックは、他店へと向かう。熊本出身の一郎と、広島出身の江川は、東京の晩秋の未明の冷気をガラス引戸で遮り、板の間の作業場にジョギングシューズを脱いで上がった。梱包を両手に隣り合った定位置に移動し、プラスチック製の十字の紐とビニールを鎌で切り、朝刊の塊を裸にする。座布団の上に胡坐を掻き、脇に置いている折込みチラシを朝刊に挟む作業に移った。ここから二人が会話を交わすことは稀だ。配達業務に慣れたとは言え、まだまだ余裕は持ちえない。朝刊は明るくなる前に、夕刊は暗くなる前に配達を終えるのが望ましい――午前六時と、午後五時を目安に。一郎と江川は、系列の販売店の合同新人研修会で教わったことを忠実に守ろうとしている。  一郎の担当する十一区は、三百二十部強。江川の担当する九区は、二百八十部弱。四十部以上も違えば、折込みを挟む作業も配達も、競争にはならない。先ほど切ったプラスチック紐とビニールを使い、一郎は折込みの分だけ厚くなった朝刊を八十部ずつ、二組を簡易に再梱包し、表に油性フェルトペンで「11区コーポ梶山」、「11区三幸荘」と書いてガラス引戸の脇まで運ぶ。販売店のワンボックスカーで、「中継当番」に配達区域内の二つの地点まで運んでもらうことになる。一息つく間もなく、また梱包を両手に定位置に戻り、再び黙々と、一郎はリズム良く折込みを朝刊に挟んでいく。
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