Ⅰ  昭和六十三年十一月① 朝刊紙受け

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(今日のチラシは丁合機一回転分だけで薄いし、二十分で終わりそうだな。四月は全部を挟み終えるまで、四十分はかかっていたのに)  先に作業を終えた江川がガラス引戸を開け、スタンドを立てた業務用自転車に朝刊を積み始めると、他の同期の新聞奨学生が一人、また一人と姿を現す。きれいな標準語で、「おはよう、江川、猪野」、新潟訛りで、「鉄の意志を持つ江川と猪野のコンビは今日もはえっ」、茨城訛りで、「おっはよー、みんなはええなー」と大学予備校や専門学校にも在籍する一年坊主たちだ。  江川が販売店を後にすると、一郎はまず業務用自転車の荷台に専用シートで包んだ八十部の本紙と二十部のスポーツ紙、一部の証券新聞を載せ、黒いゴム紐で括る。つづいて、前籠に八十数部の本紙を積み上げる――土台となる部分を除き、交互に「<」と「>」に折り曲げて山を作るように。そして、スタンドを蹴り上げ、サドルに跨って重たいハンドルを操り、重たいペダルを漕ぎ始める。  北海道出身で新聞奨学生あがりの同年代の専業店員である三村と朝の挨拶を交わした後に、十一区まで片道約五分。最初の一部から最後の一部まで、朝刊すべての投函に、まる二時間はかかってしまう。朝飯前に済まさねばならない仕事に、悪天候でなくとも計二時間半は費やす。
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